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「空」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生放送の後に、もう一仕事して車に乗り込んだ時はすでに午前1時を過ぎた頃だった。
疲れきった体をシートに預けつつも、
でも、眠気のピークが去った頭は妙に冴え冴えとしていた為、
剛は何の気なしに携帯を取り出しメールチェックをすると―

15分ほど前に送られてきていた、とても珍しい相手からのメールに目が留まった。
いの一番に開いてみると・・・

 ―空が綺麗だった―

たったそれだけの文章。
でも、剛にはそれだけで、彼が何を伝えたかったのかすぐにわかる。

「相変わらずやなぁ。」

そう呟いて、でも、彼なりに素直に言葉にしてくれたその気持ちが嬉しくて。

 15分前なら…きっとあいつのことやからまだ起きてるな。

すでに日付が変わった時刻に電話するのもどうか?と一瞬悩んだが、
なんだか無性に彼の声が聞きたくて―
気がつけばそんな気持ちのまま、彼へと繋がる番号を押していた。
そして。


「…はい」
「もしもし、剛ですけど」
「おぉ~つよしぃ。もう帰ったんか?」
「今、車の中。 お前はまだ起きてた?」
「ん、俺もさっき帰ってきたばっかやし。」
「そっか…」
「――メールみた?」
「うん、みた。」
「それでかけてきたんか?」
「うん。見てくれたんやな、テレビ」
「お利口さんなHDDがちゃんと録画してくれてたからな。」
「うん。」
「剛…なんや珍しく緊張しとったな。」
「生放送やし、一人で出演は久々やったからな」
「確かに、それは緊張するよな」
「久々に胃痛なったもん…」
「ふふ(笑) そんなことやろう思った。 ・・・あ、そや、あれはなんや。」
「ん? あれ?」
「マイクスタンドが芸術化したから、手の添える場所なかったんか?」
「何の話やねん」
「それとも、寒かったんか?半袖やったし」
「んふふ(笑) なんでやねん」
「俺、横おったら尻触り放題やったな。」
「…おらんでよかったわ(笑)」
「うひゃひゃ」
「・・・なぁ。空、綺麗やった?」
「ん? あぁ、奈良の空やろ? 綺麗やったで」
「そっか。うん…夜分に電話して悪かったな、ごめん」
「剛っ」
「ん?」
「俺はお前の歌、好きやで」
「・・・・・」
「あ、あんまり無理して体壊すなよ。夜はまだ冷えるから暖かくして寝ろよ。」
「うん…」
「じゃぁな、おやすみ」

突然、何かを誤魔化すようにまるで母親の口調で伝えると、
最後の最後に、甘い優しい声が耳を撫でそして静かに途切れた。

「相手が切るまで待つんちゃうんかい…」

おやすみを返す間もなく切られた会話にちょっぴり拗ねつつも、
わずかな会話だけで、心は大きく満たされていた。



もうすぐ30という区切りを迎える自分。
自分らしくあろうと想う気持ちに偽りはなく。

でも―

二人で出演した時には感じられなかった不安や寂しさを
今日という日、予想以上に身にしみた自分。
大好きな歌を歌うのに、どうしてこんなにも不安に駆られるのか。
大好きな空に見守られているのに、こんなにもさびしいのはなぜ。

歌は歌いたい。
歌うことが大好きだから。
でも、できるなら彼と・・・一緒にいられたら―

本当は、尻触り放題でもいいから横にいてほしかったなんて言えなくて…

 

「ウソついてもうたな、ごめん。」



だけど、お前の傍に居続ける為にも、俺は歌うんだ。

好きだといってくれた、この歌を
歌い続ける為に…

 

 

 

 

 

 


 

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