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「心はいつも」


 








今日も無事に幕は下りた。

毎日のステージは、一度だって同じ演技をしていないと自負できるほどに、
その日その時に持てる力、カンパニーとの団結力をいろんな形で表現し、
何より、自分自身もステージを楽しみながら、一回一回をこなしている。
まさに魂を込めた舞台。
そう言ってもいい程に、何が起ころうとも、持てる全てを出し切って光一はステージに立つ。

そんな中、今日はちょっとしたハプニングがあった。
いや、ハプニングというよりも
今日だからこその楽しい見せ場になったんではと思う。
それは客席に、大先輩にあたる東山が見にきたのがキッカケだった。

今日、観に来るということは、光一も、そして同じグループである植草でさえ
知らされていなかったようで、幕が開き、ステージから客席へと目を向けた時、
否が応でも目立つ彼が客席にいる事に、二人はすぐに気がついた。
だが、それが東山であろうとも、光一にしてみれば一観客にすぎなくて、
先輩がわざわざ観にきてくださったんだからこそ、
今日も納得のいくいい舞台を披露するのみだと、逆に気合いが入る。

しかし、方や植草は想いのほか動揺を隠せず、
演技なんだか本音なんだが、相手してる自分にも彼の緊張感が伝わってきて、
その時だけは、オーナーとコウイチという関係ではなく、
まるきり先輩後輩の会話になっていたようだ。
それは植草本人も感じたようで
後から、「光一~悪かったなぁ~!」とその時の事を笑顔交じりで謝った。

「あいつ、来るなら来るって事前に言え!って言っといたのにこれだぜっ?」
「事前に言ったら何か違うんですか?(笑)」
「覚悟して舞台に臨めるじゃん(笑)」
「なんの覚悟ですか(笑)」
「お前はあいつの嫌みたらしい感想のオンパレードを知らないから笑ってられんだよっ!」

そんな風に愚痴ってた植草。
きっと今頃は東山の独壇場で小さくなって聞いているのかも…と想像すると、
先輩には申し訳ないと思いつつ笑いが込み上げてくる。

しかし、すぐにそんな場合じゃなかった思い至り、慌ててシャワーを浴び身支度を整える。
彼のことだ。
必ず、この楽屋にも顔を出すだろうと、
これまでの経験からそれは容易に想像がついたから。

とにかく失礼に当たらないようにと、光一は汗も流ししっかり服も着終わったちょうどその時、

「光一、入るぞ?」

想像通り、相も変わらずクールに決めた東山が
一声かけて暖簾をくぐり楽屋に入ってきたのだった。


「東山さん、今日はわざわざありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそ!何度観ても惹きこまれてしまういいステージだったよ。
 ホントにこのSHOCKという舞台は光一と共に進化していってるな。
 一昨年よりも去年、去年よりも今年と、確実にストーリーもわかりやすくなってるし、
 観せ方も数段よくなってる!たいしたものだよ」

そう言って、笑顔で何度も光一の肩を叩いた。
そんな嬉しくもありがたい言葉をかけて貰い、思わず恐縮してしまう。
SHOCKは元々、東山と共に築きあげてきた大切な世界…
途中から彼らが抜け自身が座長の位置について、いろいろな不安も抱かえつつも、
それでもやっと自分なりに形になってきたかな?と、思っただけに、
東山からのその言葉は何よりも深く心に響いた。

と、そこまでは至極、真面目に語った東山だったが…


「っていうかさ、植草入って逆に迷惑かけてない?(笑)」

突然、何を言い出すんだとばかりに、光一は「とんでもないっ!」と、大きく被りを振った。

「今日、見ててもあいつの緊張感がこっちにまで伝わってきて笑ったよ(笑)
 お前何十年舞台立ってんだよって(笑)」

確かに自分にもその緊張は伝わってきたとはひっそり思えど、
でも、彼の為にもそこはしっかり否定してみる。

「違いますよ!それは東山さんが来られてたからに決まってるじゃないですかっ」
「どうして俺が来たら緊張するんだよ?」
「・・・それは―」
「こ~んなに暖かい目で見守ってあげてたというのにだよ!?」

-と言って、両手で両目を思いきり開いて見せる。
そんな、意外にもおちゃめな部分も持ってるこの先輩にかかると、光一もつい笑いを隠せない。

「・・・ふふふ(笑)」
「―といいつつ、しっかりあいつの演技にいくつかダメ出しあったから、
 さっき、ゆっくりと説明してやったけど」
「うわぁ~、植草さんの落ち込んだ顔が目に浮かぶ(笑)」
「ウソだよ(笑) うそっ(笑)」
「だったらいいですけど(笑) ヒガシに絶対何か言われそう~!!って
 小声でぼやいてはりましたから(笑)」
「わかってるねぇ~あいつ(笑)
 まぁ~そうやって長年、いじめてきたからね。ほんと反応がいちいち面白いから植草は(笑)」


なんだかんだいいつつも、東山は植草の良さを誰よりも理解しているし、
植草も、東山が来てくれた事が何よりも嬉しいんだということが
見ててわかるホントに素敵なグループだと光一は思う。

そんな東山の話をいっそ、微笑ましく聞いていたら、不意に何の脈絡もなしに-

「ところで―剛は来てた?」
「…は?」

どうしてそこで剛の名が出てきたのか?
理解出来ずに思わず間の抜けた返事をしてしまった光一に、
東山は敢えて付け足すように。

「俺は今日観劇するから、おまえも来れるなら来いっ!って声かけておいたんだが―」
「そうだったんですか。・・・でも、剛も今いろいろと忙しいみたいだから
 無理だと思うんですけどね…」
「そうなの?…いけたらいきますって言ってたのにな。間に合わなかったのかな。」


先輩から、直接声をかけられたんだとしたら辛いところだな…と剛の気持ちを察し、
そうなると無理をしてでもあいつの事なら来るかも-と彼の立場で考えてみるも、
でもこの時間になっても顔を出さないのなら、やはり仕事で抜けられなかったんでは?とも思う。

そう納得したと同時に、ふとあの時の思わず口について出てしまった言葉が頭を過ぎり、

「来て欲しかった…みたいに聞こえるやん…」

つい、言葉にしてしまったそれは―

ずっと気付かないフリをしていた想いだった…




「ん?なんか言ったか?」
「あ、別に」

つい独り事のように呟いてしまい、慌ててなんでもないような素振りをみせるが、
暫く光一の顔をじっと見つめていた東山は、何かを感じとったのか、

「残念だったな」

ポツリとそう呟いた。

「何がですか?」
「剛が来なくて」

即答で言われて、光一は一瞬言葉に詰まる。

「…いえ、別に今日に限ってのことじゃないですから」
「の、割に”うちのは来てくれないんですよ”て嘆いてたじゃん」
「いやあれは、植草さんの会話に乗っただけで-」
「ホントに素直じゃないんだから…。お前も。そして剛も-」

溜息交じりでそう言われて、それ以上返す言葉も見つからない。
東山はもう一度溜息をつくと、

「お前たちは、いろいろと気を遣いすぎなんじゃないか?
 まぁその…俺たちにはわからないような、二人だけの事情や約束事とか、
 あるのかもしれないが―
 もう少し気楽に構えて、言葉も行動もお互いに伝えあったりできないもんなのか?」
「・・・・・」
「事務所にはそれこそ俺の下にはたくさんの後輩たちがいるけどさ、
 いっそ若い奴らほど、要領よくやってるというか、あっけらかんとしてるというか。
 でも、お前たちはいつまで経っても控えめで、馴染もうとしてないだろ…俺達にでさえ―」
「そんなことはっ!」
「大丈夫!わかってるよ。要らぬ心配だってことは。
 ・・・・・
 ―あれだな。そんなお前たちだから、やたら構っていたい俺たちなんだけどな。
 不器用なくらいに、周りに頼らないで
 ずっと二人だけで頑張ってきた姿をずっと見てきた俺たちだからさ。
 でも、そろそろ、堂々と互いに行き来してもいいんじゃないのか?
 少なくとも、お前の顔には、“来てほしかった”って気持ちが滲みでてたぞ?」
「・・・でてましたか?」
「でてたでてた(笑) 俺が剛だったら、お前もっと体全体で喜んでただろうな(笑)
 ほんとわかりやすいからな、光一は」
「ふふふ(笑) 東山さんには敵いませんね…植草さんの気持ちがちょっとわかりました。」
「どういう意味だよそれは(笑)」

「・・・そうですね…。剛が見に来ない云々よりも―
 周りに気を使ってるあいつの気持ちがすごくわかるのが、正直辛かったりもしました。
 剛が俺の舞台に興味がないなら、それはそれでいい。
 でも、俺の立場を気遣ってそれこそ堂々と行動できないでのあれば、
 その気持ちが痛いほどわかるだけに、
 そこまで気を遣わせた自分に不甲斐なさも感じました。」

昔は当り前のように互いのソロを行ききしてた自分たち。
それこそ、剛は光一の舞台を何度も見に来てはそのままステージにあがることだってあったし、
光一自身も、剛のLiveを見に行ったりもした。
それがいつからか…表だってそういう行動をオープンにしなくなった自分たち。
東山のいう事情や約束事という、そういう大きな括りで互いに決めごとをしたわけではないが、
ある時から、光一の世界を壊したくはないとそっと身を引き、
見守るかのようにその距離を置きだした剛の、しかしその心情が痛いほど伝わってからは、
自分もまた、彼の世界をただ同じ想いで守りたいと思った。
2人で決めたことでも、周りに言われたことでもないそう言った行動を、
時に、東山のように心配して声をかけられたりもするが―

「俺たちって、見た目も性格ももちろん全く違ってるようで、でも、
 不思議なくらいに、似た考えを持ってて互いの想ってることがわかったりするんですよね。
 剛が今どこで何をしてるのかなんて、全く知りもしないし
 だからといって一々連絡とって、どうしてる?なんて聞くような仲でもないんですが(笑)
 でも、頑張ってるあいつの姿は容易に想像ついて
 あいつも頑張ってるんだと想うだけで、自分にも力が漲ってくるんです。」
「まるで剛とお前は一心同体なんだな。」
「・・・そうなのかもしれませんね。」
「ふふ(笑) わかったわかった! 余計なお世話だったようでっ(笑)」
「いえっ!そういうわけじゃ(笑)」
「なんとなくわかったよ。きっと剛も光一と同じ気持ちなんだろう。
 見なくても、お前の頑張りはしっかり剛に伝わってるんだろうな。
 ほんとにお前たちは、一々気の遣う難しい後輩だよ(笑)」
「東山さ~ん(笑)」
「そんなお前たちがでも、俺たちはやっぱり可愛くて仕方がないんだけどさ。」
「そう言って頂けてすごく嬉しいです。」

自分の尊敬する大先輩に、そんな心配をかけさせていただなんで心から申し訳ないと思いつつ、
ほんの少しでも心の内を語れて、光一もほっとする。

その顔と、滅多に心情を明かさない光一が少しでも言葉にしてくれたことに東山は納得して、
それからは、また舞台の話へと話を戻し、程なくして笑顔のまま光一の楽屋を後にした。


光一は、その背を見送りながらも東山にはしっかり見抜かれていたと苦笑する。
確かに、一瞬でも「羨ましい」と思ったのは事実だ。

剛が見に来ないワケも十分把握しているし、今、彼に伝えた気持ちも本心には変わりない。
自分たちはほんとに不思議なくらい通じ合ってると実感するし、
実のところ、剛がひっそりと観劇してることも知っている。
自分以上に不器用で心配性な彼らしい思いやりの行動なのだ…

そんな剛だからこそ、今更客席なんかで堂々と観劇されたら自分は―

  ―植草さん以上に動揺するかもしれへんな…(笑)―

そんなことを想像してみて、ふと気恥かしくなる。
 
  ―羨ましいと思ったこと訂正しようか(笑)―


東山が去った後も、暫く自分の世界に浸っていた光一だったが、
不意にテーブルに置いていた携帯が着信を告げる。
何気に携帯を開けると、今出て行ったばかりの東山からのメールに慌てて眼を通すと―

「今すぐ廊下にでてみろ」

その言葉だけが送られてきた。

とりあえず言われたとおりにすぐに廊下に飛び出すも別段、誰がいるわけでもなく
周りを見渡しても変わった様子もなく、光一は首を捻りながらも、楽屋へ戻ろうと
体を反転させたその時。

楽屋入口の脇にそっと置かれていたものに気が付いた。

拾い上げたそれは、

かすみ草と共に添えられた真っ赤なバラの花・・・

こんなことをする奴なんて光一の中で思い当たる人間は一人しかなく。
綺麗に包まれた花束をそっと抱かえると、
光一はひっそりとほほ笑んだ。







「せっかく来たんだったら光一に会っていかなくていいのか?」
「…すぐに仕事に戻らないといけないんで。」
「そっか。それにしても、せっかく持って来たんだったらちゃんと手渡してやったらいいのに」

そう言って話しこむ二人とは、
楽屋から少し離れた場所で光一の様子を伺っていた東山と剛であった。

東山が廊下へとでたまさにその時、そっと花束を置いて去ろうとしていた剛に気づき、
慌ててそのあとを追い捕まえたのだ。
どうやら、舞台には間に合わず楽屋へとやってきた剛だったが、東山と光一が思いのほか
深刻な話をしていたので声をかけられず、結局、顔を出すことなく去ろうとした時に、
楽屋から追いかけてきた東山から声をかけられたのだ。

「無理やり呼び出してしまったようで悪かったな」
「いえ、こちらこそ曖昧な返事のままですみませんでした…でも。」
「ん?」
「東山さんといい、植草さんといい」
「植草?」
「このままいったら錦織さんにも声をかけられるんでは―と思うと(笑)」
「言っておくけど、お前たちに負けず劣らず、俺たちは一心同体だからな?」
「んふふ(笑)」
「ニシキにも声かけられたら、ちゃんという事聞けよっ!」
「ほんまにええ先輩を持って、僕たちは幸せ者です。」
「わかったらそれでいい(笑) いいからもう行っていいぞ。頑張れよ!」

仕事に追われてる剛を思って、自分から背中を押して送り出す東山に、
剛は何度も頭を下げつつ、その場を後にした。

帝劇を出るとすぐに車に乗り込み、そのまま次の仕事場へと移動する。
夜の街並みを窓越しに眺めながら、剛は二人の会話を思い出していた…


 ―そろそろ、堂々と互いに行き来してもいいんじゃないのか?
 少なくとも、お前の顔には、“来てほしかった”って気持ちが滲みでてたぞ?―
 ―・・・でてましたか?―


「ほんま、自分じゃ気付かんほど素直な表情曝す時あるからなぁ…
 なぁ、東山さんのように、俺に堂々と客席から見ててほしかったん?お前は…」

光一へと問いかけることのないその言葉を、そっと窓の向こうへと投げかけてみる。
もちろん返事はない。
それでも、予想外に聞けた彼の本音を、心の中で反芻して剛は思う。

「そうやな。いつかまた。堂々と観劇できる時がきたら、
 その時は、またでっかい花束用意して真正面からしっかりと見たるから。
 それでも、ずっと心はお前の傍で、見守ってる。
 これまでもこれからもずっと。」



 ―きっと、感じてくれてるよな。お前ならきっと・・・―






            

fin



 

 


千秋楽に、薔薇の花束抱かえて、堂々とおめでとうと伝える剛君の姿…みてみたいね

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