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「天魔さんがゆく」番外編 

 

       ―――美しきヴァンパイア(後編)

「なぁ。これで俺の正体わかったやろ?」


「・・・え?」


切なげにどこか遠くを見上げるその横顔に、
つい、引き込まれるように見惚れてしまっていた天魔は、
思わず、間の抜けた声で聞き返す。


「あんなことされてまだわからん?
 やったら、分かるまで血吸い尽くしたろか?」
「いやいやいやっ!!そんなんされたら僕のほうが死んでしまいます(汗)
 わかりました。否が応でも・・・」
「うん。」
「あなたは・・・」
「おぉ、誰や?」
「何を隠そう、ドラキュラ伯爵、その人ですねっ!!」
「・・・別に隠してるわけでもなかったら、伯爵でもないけどやな(笑)」


天魔の答えに軽く否定をいれつつも、
どこかツボにはまったのか、楽しげに笑い出した男の、初めてみる笑顔に。


またしても天魔は、
今までに感じたことのない胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。

すると。


「ドラキュラでも、ヴァンパイアでも、吸血鬼でも、
 なんとでも呼んでくれていいけども。
 残念ながら、しっかり血も通って生きてもうてんねんなぁ~俺・・・
 だから、成仏したくても、できひんねん。」


そんな予想だにしてなかったその言葉に、天魔はますます彼へと惹きこまれていく。


「・・・成仏したいんですか?」
「正直、ずっとこの部屋ごと封印されてて、
 別にこれといって生き続ける意味もないしなぁ~」
「・・・ってか封印?」
「この地下室ごと、結界張られて俺自身も封印されて
 つい最近まで深い眠りについとったわけやけど・・・
 あまりの喉の渇きに目覚めてもうた(笑)」
 

そこから、目覚めた後のこの騒ぎになるまでを、
ポツリポツリと話し始めたこの美しきヴァンパイア。

どうやら遠い過去に、何者かによってこの地下室ごと結界を張られたこの部屋は、
警察がこの洋館に踏み入って部屋という部屋を調査しても気づかれる事なく、
見事なまでに地下への入り口自体消し去られたらしいが・・・

だとしたら、どうして天魔は今、この部屋にいるのか・・・
まぁ、それは追々ゆっくり考えるとして。

喉の渇きに深い眠りから覚めてしまったヴァンパイアは、
自分が出れないのなら来てもらえばいいという安直な考えで
内に宿る力で以って、好みの女性を遠隔操作で暗示をかけここへと引き寄せたらしい。
しかし、結界の力は予想よりも遥かに強力で、
地下室どころか、洋館内にさえ入れないという状態で、
玄関先でことごとく、女性にかけられた暗示は解かれてしまったという。

だたそのヴァンパイアの発する妖力も半端なく、
その都度、共鳴しあい、洋館中にあらゆる怪奇現象を起こしてしまった。

どうやら、それが今回の事件の真相らしかった。


「なるほど~大体の流れはわかりましたが、
 あなたが幽霊でない以上、僕にはどうすることも出来ないわけですし、
 だからといって、このままほってたらまた喉渇いたら騒ぎ起こすでしょ?」
「ん~まぁ30年ぐらいは大丈夫ちゃう?俺、どっちかっていうと小食やし。」
「んふふ(笑) 我慢できる桁が違う(笑)」
「でも~って思うなら、あんたの血、俺の好きな味やから
 時々吸わせてくれたら騒ぎも起こさへんけど?」

なんだか妙な交換条件だされて、ますます困惑する天魔であったがー

「・・・ふと、思ったんですけど。
 僕、この部屋から出れるんでしょうか?」
「へっ?入ってきてんから出れるんちゃうの?」
「・・・嫌な予感がしないでもない。」

と、いうわけで、2人一緒に今いる部屋の扉に近づき、
勢いをつけて扉を押してはみたがー


案の定、びくともしない。


「う~ん。久々に危機感を感じずにはいられない状況に陥ったかも」
「・・・ほんま不思議やってんけど、どうやってこの地下室見つけたん?」
「見つけたも何も、燭代の炎が入り口まで誘導して、
 扉の前着いたら、すごい勢いでこの部屋に引きずり込まれてもうただけです。」
「ふ~ん。」

しばし、冷静な瞳でただ天魔を凝視してたヴァンパイアは、ふっとこんな事をいいだした。

「あんた、さっきから幽霊云々、成仏云々いってたけど、
 そういう輩を除霊する仕事、やってる人やろ?」

「・・・知ってるんですか?」

「知ってるも何も、あんたとおんなじ事してた奴に封印されてもうてんもん。」

「っ!! 同業者か。」
 
「あんたにもその力あるんやったら、結界破りもできんのちゃうの?」

「・・・」



代々お化け退治をしてきたわが一族には、そういう強い力を持った人もいたと聞くが、
天魔は一族の中では、霊力もいうほど強くなく、
近代発明の装備品にかなり助けてもらっているくらいだ。

やってやれないことはないのかもしれないが・・・やるだけ無駄という思いの方が強く。


「とりあえず・・・」と一旦、小さく咳払いをして

「ここに結界を張ったという人物の事、
 よかったらもう少し詳しく教えてもらえませんか?
 どうして、あなたがそういう目にあってしまったのかもできれば。
 その話の中に何か、ヒントになるようなものもあるかもしれませんので。」

と、天魔は話を切り出した。


「えぇ~昔話しなあかんの?めんどくさいな~。」
「そう言わずに」
「ってか、俺もず~と眠っとったからほんのさっきまで全く忘れてもうててんけど。
 でも・・・あんたの血吸って・・・思い出した。」
「血?」

「あいつと・・・一緒の味がした。」



そう言って、またあの切なげな瞳をここからは見えない空へと向けた。



そして。



「あれからもぉ~どれくらい経ったんやろか。」

過去を思い出すようにまた、彼は話しはじめた。

「実はさ、今回と同じような騒ぎ、以前にも起こしてもうた事あって。
「そういえば、最初にそう言ってはりましたね。意味深に。」
「ついヴァンパイアの本能のままにさ。今思っても、結構大勢手にかけてもうたな・・・と。」
「そっか、以前は未遂ではなく、完全に手をだしてしまったと。」
「もうね、本能の赴くままね、次々と(笑)」
「・・・」
「で。えっらい周りが騒がしくなってきたなぁ思ったら、
 今回のあんたみたく、突然、あいつが目の前に現れて」
「この結界を張った人物ですね。」
「異様な霊気に、今までにない恐怖をそいつに感じたから
 先手打とうと飛びついた時には、すさまじい金縛りにあってもうて。」
「とんでもない霊力の持ち主ですね。」
「殺されるおもた。後にも先にもあの時だけは。
 まぁ、簡単に死ぬような体でもないけどね。」
「で、結局、除霊はできないからと、封印という形で
 あなたを生涯、地上にはでれないようにとこに縛り付けた。」
「結果論を言ったらそうなるかな。
 そこに至るまでには、いろいろ・・・ほんまいろいろあってんけどな。」


天魔はまたしてもヴァンパイアの瞳が悲しげに揺れたのを見逃さなかった。


「僕はてっきりこんな目に合わせた奴のこと
 あなたは恨んでるとばかり思ってたんですが・・・」
「・・・」
「違うんですね?」

「うらむどころか・・・あいつに出逢えた事に俺は感謝さえしてる。」



すさまじい霊力の前に成す術もなかった俺は、
「生きてても何の意味も持たない俺なんか早く殺せ」と捨て台詞と共に身を投げた。
すると、ただ悲しい目をして見下ろしていたあいつは、

「あなたは、命を放棄する瞬間心ごと無防備にになりましたね。
 その一瞬にあなたの生き様を垣間見てしまいました。
 だからこそ、あなたのその言葉があまりに切なくてわが身を貫く思いです。
 どういう境遇に生まれようと、意味のない命なんでこの世には存在しない。
 生きているならばこそ、その意味を共に探していきましょう。」

そう言って、手を差し伸べた。

そのあまりの展開にあっけにとられながらも、
なんでか素直にその手をとった。

はらうこともせず

疑うこともせず。


それこそ・・・


気がついたときにはもう、ずっと孤独だったから。

孤独を寂しいと感じることはなかったし、
一人で生きることが当たり前だと思ってた。

 
でも、握り締めたその手のぬくもりに触れたとき、
俺を見下ろす、優しげな目と絡み合ったとき、


初めて、心の奥底の本当の気持ちに気がついた。



  「本当は、誰かを愛し愛されたかった」のだということを・・・   




「それから、あいつは代々受け継いできた仕事もやめ、一族とも縁を切り、
 俺と共に生きることを選んだ。」
「代々・・・一族・・・」


天魔は、ヴァンパイアの話に耳を傾けつつも、
頭の中ではもう一つのことをフル回転で模索し続けていた。


これとよく似た話を、子供の頃に聞かされたような気がした。
それは、おじいさんのおじいさんの、そのまたおじいさんの・・・
とにかく、ご先祖様といったほうがいいのかもしれない、そんな昔。

御伽噺の感覚で聞いていた自分は、今の今まですっかり忘れていたのだが・・・



「その人の名前、もしかしたらー」



天魔の問いかけに



「「法界 剛魔」」



2人の言葉は重なった。





「ご先祖様やったとはなってこったい」

「きっとそうやろな~って、俺は途中で気ぃついたけどな」

「なんで?」

「だって、顔もそっくりやもん、つよしに」

「つよし?」

「剛魔という名前はもう捨てたから、つよしって呼べ言われた」

「・・・ある意味、伝説となって代々伝わるわけや」

「なぁ、あんた“つよし”ちゃうの?」

「ざ、残念なから、僕は天魔といいます。法界天魔。」

「そうやんな~つよしやったら、俺の名前よんだら、
 一発で結界解けるはずやもんな。」

「!?・・・名前!?」


言われて初めて、このヴァンパイアの名前を聞いていなかったと、
改めて気がついた天魔だった!!

「そういえば、お互いにちゃんと自己紹介もしなくて、すみません。」
「べつにええけど」
「で、あなたのお名前は?」
「ん~、実のところ、本当の名前はもう忘れてもうた。
 確かにあったとおもうんやけど、誰にも呼ばれることなく
 ずっと一人でおったら、すっかり忘れてしまったわ。」

さらっといいつつも、その境遇を思ったら、
ご先祖さまの気持ちがちょっとわからなくもない・・・と、
おもってしまった天魔だったが。

「でも、そんな俺に、名前ないと困るからって名前つけてくれた。」
「ご先祖様が!?」
「そう。俺、唯一の弱点が太陽の光やねんけど~」
「あと、十字架、ニンニク?」
「それは克服したっ!!」
「す、すごい。苦手なもの克服しはるなんて」
「うひゃひゃ(笑)つよしもおんなじことゆった(笑)」
「う~ん・・・」
「でも、さすがに太陽の照りつける真昼間にでたら、やっぱあかんわ。
 あっという間に灰になる、灰にっ」
「骨さえ残らへんのや(笑)」
「ふふふっ。それ知ってつよしは、“光が一番苦手なのかもしれないけど、
 でもきっと一番、陽の光が似合う人やと思うからって」
「うわ~!!恥ずかしげもなくなんちゅう甘い台詞をご先祖様はっ」
「つよしはロマンティストやねん。それがまた似合うねん。」
「・・・」
「そう言ってつけてくれた名前を、でも、封印に使ってもうてんな~あいつ。」
「じゃあ、早く教えて下さいって、その名前。」
「教えてもええけど、きっと自分には無理やと思うで?」
「なんで?」

そう聞き返しながらも、またしても脳内ではフル回転で考えてみる。

ご先祖様がつけた名前。

光が一番苦手やけど、陽の光が一番似合う人


ひかり・・・

一番・・・



「だって、つよし自身が呼ばへんと結界は解けないって――」

「光・・・一・・・」



    「光一!?」



思わず閃いたその名を、天魔が口にした途端っ!!


  





ド―――――――――ンッ

 



  


突然、凄まじい地響きと共に、まぶしいほどの光が解き放たれ、

その一瞬後、今度は パリ―――ンと、何かが砕け散った衝撃を感じて
天魔は思わずわが身を守った。

 



そして・・・



やっとまともに目が開けるほどに静寂が訪れた時、


一番にこの目に映ったそれは、


驚きに目を瞠りつつも、ただ静かに佇み一筋の雫を零した光一の姿。

 

 

不意に結界が解かれた衝撃と、

浄化されたかのような美しさをまとった瞳に魅入られて

ただ呆然と立ち尽くすだけの天魔へと光一はゆっくりと歩みよる。

 

そして。

両手を広げ、そのまま天魔を抱き寄せると―

 

愛おしげにその名を呼んだ。




「つよし。逢いたかった。
 
 いつまでもずっと一緒やってゆったのに・・・
 
 一人にするなら、一緒に連れていってほしかった。

 お前と一緒なら怖いもんなんかなかったのに。

 それでも、また逢えるって、その言葉を信じて。俺は待ってた。」



彼の過去が・・・

彼の感情が・・・

 

2人の想い出が。

 

溢れるように天魔へと流れこんでくる。

その壮絶な人生と、孤独や悲しみ、

そして。

剛魔への一途すぎる想いがあまりにも切なすぎて、

天魔は、自らも強く抱きしめ返し




「光一っ!!」



もう彼を、これ以上一人にはさせたくない・・・



そう想った、その時だったっ!!




ドンドンドンドンっ!!




「坊ちゃんっ!!そこにおられるんですかっ!?
 探しましたよ坊ちゃん!!」
「大覚さんっ開いてるみたいですっ!!」
「坊ちゃ~~んっ!!」


そんなけたたましい叫び声と共に、
開いている扉をわざわざ体当たりして転がりこんできた大覚と旭。

すっかりと忘れ去っていた2人の存在に、
天魔は、この地下室を包む結界が崩れたことを、改めて思い出す。

そして、2人もまた、
探していた天魔を目の前にしての思わずの第一声。


「じぇじぇじぇ~っ!!」
「坊ちゃんっ!!まさかのまさかでミイラ取りがミイラに!?」

あながち嘘でもないような大覚の言葉に

「いや、ちゃうねんっ!!これにはふか~いわけがあってっ!!」

思わず、あたふたと言い繕う天魔。
それを、ちゃっかり抱きついたままの光一が

「誰やねん、あの2人・・・」

呟くその声は恐ろしく低く、いつ襲い掛かっておかしくないその妖気に、
大覚のレーダーは見事に反応する。


「坊ちゃんっ!!まっててくださいよ!!
 いますぐ、その霊を捕獲しますからねっ」

と、すぐさまお化けガンを構えた所で。


「ちょっ!!ちょっとちょっと大覚さんっ!!
 この人は幽霊やなくて、ガンも全くもって効きません。」

慌てて、光一を後ろへと庇うと、必死で大覚を説得する。


「あれ、違うんですか?でも、背後霊のように社長に張り付いてますけど。」
「だからわけがあってやな~とりあえず、事件は解決したんで。
 詳しい話は、事務所に帰ってからにしましょ。」
「了解っ!!坊ちゃんっ!!」
「あの、もしかして・・・その人も一緒に?」

旭が、恐る恐るといった感じで光一を見つめると、
光一も何故か突然、不安げに瞳を揺らして・・・


「つよし、もう、行ってまうんか?」


そう、天魔へと問いかけた。


途端に天魔の心に、言いようのない愛しさが込みあがる。
自分は、光一を置いて帰る気は毛頭ないのに、
彼はまた、一人になるかもしれないという不安と戦っている・・・


ご先祖様が、彼ごと封印した意味が

今、わかったような気がした。

もう二度と寂しい想いをさせたくなかった。

自分がいなくなった事で、一人きりの辛さを感じさせないように。
また自分の意思を告ぐものが現れた時にと彼を託して、
ご先祖様は、人生を全うされたんだ。


ただ唯一の誤算が、

光一の喉が渇いてしまったこと(笑)



「なにゆうてるんですか。結界が壊れてもうた以上、
 もう、光一さんはここにはおれませんから。
 とりあえず、僕と一緒に来てください。いいですね?」

すると光一はまさに、太陽のような飛び切りの笑顔で、


「しゃ~ないな~、しょうがないから一緒に行ってやったるわ」


そう言って先陣を切って歩き出した。
すると。

「光一さん、坊ちゃんとどういうお知り合いですか?」
「光一さん、私のこと旭って呼んでくださ~いw」
「ひゃはは、俺に惚れてもあかんで(笑)」

すでに、2人にべったりと懐かれながら、
和気藹々と地上へと消えていく三人。

それを、少々複雑に見つめながらも、この先のことは
またゆっくり考えていこうと天魔は想う。


おじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんの、
とにかくご先祖様が
きっと、深く愛していただろうあの人を、

今度は、自分が守っていかなければいけないのだと、そう心に刻んで・・・



だから、約束するで。




  じっちゃんの名にかけて―――








 

―完―

 

 

 

 

ヘッディング (小)
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