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未来はきっと―

 

 














その日は、まるで神様が一緒になって祝福してくれているのかと思うほどの、
透き通るような青空だった。

予定より少し早めに到着してしまった俺は、
なんとなく控室に入っていくのに戸惑い、一人美しく手入れの行きとどいた庭先へと移動する。


まさかこんなに早く、この日がやってこようとは・・・
というか、自分が知らされたのがほんの一週間ほど前なだけのことなんだが。


でも、いつか来るとは思っていた。
ずっと、ずっと、夢見ていたあいつだったから。
もしもその日が来たのなら、俺は一番に祝福してやろうと、ずっとずっと、思っていた

 

――はずだったのに・・・


真っ白で清楚な造りのチャペルは、きっとあいつの好みではない。
身内だけの小さな挙式に
それでも自分を呼んでくれたのは、彼なりの優しさなんだろう。


「おめでとうって伝えなな…」


あの時はあまりに突然すぎて、驚きで声が出なかった俺に、
さして気にすることもなく淡々と呟きながら、招待状を手渡してくれたあいつ。
そして、言うだけ言ったらさっさと目の前から去ってしまい、
結局何も伝えることができなかったあの日。

いや、もし俺からの返事を待ってくれたとしても、
驚きで真っ白になった頭ではまともなセリフもろくに浮かばなかっただろう・・・

結局、あれからゆっくりと考えて、出した答えをメールで返したのが5日前。
納得して返事をしたつもりだったけど。
でも。
正直いって未だに、半信半疑な自分がどこかにいたりする。


   ほんとに、今日があいつの結婚式なのかな?って―


そう思うとこんなにめでたい日だというのに、小さなタメ息が何度もこぼれる。
と、その時。


              「光一?」



突然の呼び声に、伏せていた顔を慌ててあげてみれば。


『つよし?』
「お前、なにしてんねん、こんなところで」
『いや。ちょっと早めについたもんやから』
「ふ~ん、そっか」

知らない人間の中に混じることが苦手な事を熟知している剛は、
あえてそれ以上のことを聞くこともなく。


『おまえこそ、新郎がこんなところで何してんねん』
「あぁ、窓からおまえがこっちに向かうの見えたから…」
『・・・』
「・・・」

そうやって、なにげに気にして俺の後を追ってくる性格は昔と変わらない。
でも、今、目の前にいるこいつは、俺のよく知る剛であってそうでないような気がする。

   
       あまりに真っ白なタキシード姿が眩しすぎて・・・

ライブの衣装なんかでは、これよりももっと派手なカッコだって散々してきたくせに。
それを更に自分流にちゃっかり着こなしてきたくせに。
それなのに、今、目の前にいる剛は、
ほんとにシンプルな装いで、しっかり新郎の顔つきになって立ち尽くしているのだ。

そんな彼の頭の天辺から足のつま先までをじっくり眺めて、そしてやっと自覚する。

   
         あぁ、剛はほんまに結婚すんねんなぁ~



それなのに、彼が何故か今、タキシード姿で俺の横にいてたりするから不思議。

式までにやることあるんちゃうんか?とか、新婦を一人にしたらあかんやろ?とか、
いろいろ言いたいことはあるのに、
それでも何か言いたげな剛の顔を見ていたらそれさえもどうでもよくなって、
いっそ、式前に話せる機会を作ってくれたことに感謝さえしたくなる。

でも、何故かお互いを意識しすぎてか言葉にならず、二人の間を微妙な空気が漂う。

だけど――
せっかく剛と二人きりになれた今、ちゃんと言葉にしなければ。



『剛・・・』

「ん?」

『なんかさ、あまりになんもかもが急すぎて、俺もすぐに切り替えできんかったけど―』

「うん、そうやろな・・・ほんまごめん、突然で悪かった」

『いや、でも次にお前にあえたらちゃんと言おうと思ってた』



        『結婚、おめでとう』

        「・・・うん、ありがとう」




幼いころから、23になったら結婚するとか28になったらするんだとか、
結婚に対してはかなりの願望が強かったはずなのに、
いざ、式を目前にしたらいろいろ思うことがあるのか、はたまた自分に気を使ってくれてるのか・・・

きっと、幸せいっぱいの笑顔を見せつけられるものだとばかり思っていたのに、
意外にも、その瞳はかすかに揺れ
それまでしっかり自分へと注がれていた視線が、ふいにそらされた。

そんな思いもよらぬ様子に、一瞬、俺の鼓動がトクンと鳴るも、
その意味を深く考えることはせず、そのまま勢いにのって思いを語る。


『これだけは、ちゃんと会ってお前の目を見て伝えたかった。
 剛が、結婚するって伝えてくれた日に“おめでとう”と言えなかったことが
 ずっと心につっかえとって… おそなってごめん。 でも・・・よかったな、ほんま。』

「お前は・・・」

『うん?』

「お前はほんまに、なんも聞かんなぁ」

『・・・・・』

「いつの間にそんなヤツおってん、とか、なんでこんな急に知らせんねん、とか…
 この先のことどう考えてんねん!とか― 俺に聞きたいことは山ほどあるやろ?」

『・・・聞いてほしかった?』

「こういち…」

『剛の人生やん。お前が決めたことに間違いはないし、
 言葉にせんでも、どんなお前でも受け止めるだけの愛情はもってるつもりやで?』

「・・・・・それ、俺のセリフ…」

『ふふ…』
「んふふ…」

キザなセリフは剛の専売特許。
以前剛が、もし俺が“一人になりたい”と言いだしたとしても、
それを聞き入れる愛情があると言ったその言葉を、ふと思い出した。
それは、俺の中にもしっかりと存在する想いで、
彼が考えぬいて出した結果に後からどうこういうつもりは毛頭ないし、
何より、剛のたった一度きりの人生なんだから。

            だけど・・・


『そりゃ、寂しくないって言ったら…嘘になる、かな。

 俺の知らんところでいつのまにか人生の伴侶見つけてたこととか、
 何でそんなおめでたいこと伝えんのが数日前やねんとか』

「うん…」

『言いたいことは山ほどあったけど――』

「・・・・・光一?」

『お前が幸せになれるならそれでええよ』




剛の幸せ・・・

こんな孤独と挫折の入り交る世界で、
それこそズタズタに打ちのめされる思いも何度もしてきたけど、
その傷を癒せる確かな安息の場所が、この先の彼の傍に築かれるのだとしたら、

お前はきっと幸せになれるよな。

   
         だったら・・・願わずにはいられない。




              『剛、幸せになれよ』




「光一・・・」

剛の目をみて想いをこめて言葉にした俺に、剛も応えるようにいつもの聞きなれた優しい声で
俺の名を呼んだ。


「俺には、これから幸せにしてあげたい人たちはいる。
 それは彼女であったり、おかんだったり・・・
 でもな、俺自身はいまさら幸せになる必要なんてこれっぽっちもないねん。」

『え?』

「なんでかわかるか?」

『・・・なんで?』

「簡単なことやで。俺はもう、十分過ぎるほど幸せやから―」


             しあわせ・・・?


「いろいろあったけど…ほんまいろいろあったけど、
 でも、光一というパートナーがずっと傍にいてくれたから、
 どんなに辛くても苦しくてもやってこれた。
 悲しみもたくさん経験した分、小さな幸せにもたくさん気付けた。
 俺とお前の周りには、実は数えきれんほどたくさんの愛がしっかりと芽を出してて、
 その一つ一つに気付くたんびに、心があったまった。

 
         光一と出逢えた事が俺の幸せやった。
         光一と共に歩んでこれたこの人生は幸せそのものやってん。


 だから、これ以上の幸せを願ったら、罰があたるかもな。」


『つよし・・・』


本当に毎回毎回。

彼の綴る言葉にはいつだって驚かされ笑わされ癒されてきたりもしたけれど
お前のそのストレートすぎるセリフに、俺はどうやって返したらいいんだろう?

ただ、それよりも気付いてしまった自分の本当の気持ち。
“心からの祝福”だとか“幸せになれ”だとか、いいカッコぶっていってみたところで、
彼のこんなにも飾らない言葉ひとつで、

俺のガチガチに固めたはずの心の鎧があっという間にはがされてしまう。

いつだって、ほんとに情けないくらいお前にはすべて見透かされてるから、
どんなに大人ぶっていいカッコしてみせたところで、
その裏にある本心に直接投げかけてくるお前だから。


ふと、目を閉じて思い出す。
あの時だって、「結婚」を言葉にした剛に、咄嗟に言葉にならなかったのは、

         きっと自分の奥底の想いに気がついたから・・・

でも、それはきっとこの先もずっと音となって放たれることはなく、
自分の内で生まれた想いは、そのまま誰に知れることもなく封印するつもりでいた。


なのに・・・
それなのに・・・
お前のせいで、そんな子供じみた想いが一気に溢れ出てしまうんだ。


   剛がいっそこのまま自分の元を去ってしまうんじゃないのかなって。
   もう俺の存在なんか必要なくなるんじゃないのかなって。


    少なくとも 俺の唯一のパートナーではなくなんねんなぁって・・・



いったい、何を言葉にして伝えたらいいのか戸惑う俺に気遣って、
剛は、微妙にあいていた二人の距離間を、自分から縮める。
そして安心させるかのように、ふわりと笑うと、


「ギリギリに伝えたことは・・・ほんとに悪かった。
 ただ、光一との自然な関係を最後まで壊したくなかった。
 そんな自分勝手な我がままをつき通して、ごめんな。
 
 次は・・・
 光一こそ、幸せになれや。 それを伝えかってん。
 じゃぁ、そろそろ時間やし、俺、いくわ」


そう言って、背を向けて歩きだした剛に、
それまで金縛りにあったように動けなかった自分の体が、やっと彼へと向って一歩を踏み出す。


       『つよしっ!』


だが、その背に呼びかけても、もう剛は振り返えらない。
結局、最後まで自分だけカッコええ言葉で、人のこと感動させておいて、
俺の返事を聞かずにいってしまうんなら・・・


               最後に言ってもいいんだろうか。


            無駄だとわかっていても、その後ろ姿に向かって。

                          

                   「―――――― 」 





      



「光一?」

『つよしっ…』

「光一!?どうしてん?おいっ、光一!!」


その声にハッと顔をあげると、目の前には心配そうな剛の顔が。

『剛?』
「お前、なにうなされとんねん、大丈夫か?」
 

    ・・・え? うなされてた?


慌てて今一度目の前の剛へと視線を向けると、普段着のいつもの変哲もない彼の様子と
どこをどう見まわしても、見慣れすぎてるほどの楽屋風景。
それでも、咄嗟に判断がつかなくて思わずでた言葉が――

『おまえ、結婚式は?』
「は?」
『行かなくていいのか?』
「え?どこへ?」
『え?』
「・・・まだ寝ボケてますか?光一さん…」   、
『寝てた?おれ?』
「しっかり熟睡してました」
『・・・うそっ』
「ほんと。」
『じゃ、結婚式はー』
「だからなんやねん、その結婚式ってっ」
『・・・あ、夢?』  
「知らんがなっ、んふふ」
『そっか、夢か…』


そこまでの会話の流れでようやく現実が飲み込めた。
先の仕事で早めに楽屋入りして、ほんの少し仮眠を取ろうと思って寝たんだ、俺は。
で、夢か現実か?と混同するほどのリアルな夢を見てしまったようで・・・

「で、」
『ん?』
「結婚って、俺の話?」

寝起きで回らない頭で、必死に今の状況を思い出している俺に、なにが気になったのか、
突然夢の話をふってきた剛。
一瞬、ドキリとしながらも、平静を装って応えるものの。

「いつ、どこで、誰とするん?結婚。」
『するん?て、占いやないねんから。』
「いや、かなりリアルな夢のようやし」
『まぁ、たしかにリアルやった・・・うん』 
「だったら詳しく話してみ?」  
『えぇ~・・・』
「いつ?」
『青く晴れたある日の午後?』
「ある日の午後?って言われてもやな。まぁええわ、で、どこで?」
『真っ白でえらい可愛い教会やったな』
「趣味やないな…」

  あ、やっぱり。

「で、肝心の俺の結婚相手は?」


聴かれてそこで、ふと言葉に詰まる。
剛の結婚相手、結婚相手?
そういえば・・・

『しらん、見てへん、会ってへん。』

「はぁ?」
『結局、最後までお前、紹介してくれへんかったで!』
「ちょ、ちょ~待ってくれ。」

突然慌てだす剛を見ながら、確実に話がごっちゃになってるなと気が付きながらも、
なんとなくムカついてつい冷たい態度になると。

「いてたらちゃんと紹介するわっあほっ!
 でも、今はおらんって昨日の雑誌インタビューでもお前、隣で聞いてたやろ?」

その言葉にハッと思いだした。

確かにそんな話をしていたっけ。
いずれはいっそ海外に永住して広大な緑に囲まれて暮らしたいって…

えらくリアルな夢を語っていたから、それが頭の隅に残ってて、
今思えば、それがあんな夢を見せたのかもしれない・・・
それにしてもだからと言って、かなり自分の都合のいい夢の内容に、
いまさら想いだして、恥ずかしさがこみあげる。

そういえば、あの夢の中であの去り際の剛の後姿に自分はなんと投げかけたんだろう・・・
肝心のその部分が、現実の剛の声と重なって思い出せない。

ただ、その時の感情だけは今も鮮明に思い出せる。
半身をなしくたような、とてもとても言葉にあらわせない切なさを―

ふと、剛のフリから突然、口を閉ざしてしまった自分に
何かを察っしたのか。

「まぁ、あれやな。光一」 

『ん?』

「結婚なんて、そんなまだまだ先の話やし。」

『そうなんか?』

「俺の理想は高いからなぁ」

『ふ~ん。。。』

「夢やけどな~」

『うん?』

「結婚云々よりも、将来はいっそ俺達のことを誰も知らんような土地に行って、
 ゆったりな時間の刻む中で、それぞれに好きな事をして過ごしながらも
 でも月に一、二度は共通の親しい友人らが遊びにきてくれるねん。

 ・・・いいと思わへん?そんな暮らし」


何気に気になる単語を含ませながらもさらりと語りかけるから、一瞬言葉に詰まったけど―

 
           「お前も気に入ると思うで♪」




そういって笑う剛をみていたら、いつまでも夢に捉われてる自分がバカバカしくって、
いっそ素直になってみようかって気になる。

だから、剛につられたようにこう答える。



           『ええかもな、そんな暮らしも。』



だって、幸せはすぐ近くにあるもんなんだから―













    キミに出逢えたことがボクの幸せ。
        
    キミと共にあることがボクの未来。

 

    そして できることならこのまま
 
                       
       きみといつまでも・・・







          
  

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