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約束

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光一…」

 

「―ん?」

 

「ここおったんか」

 

 

 

 

 

剛が光一を探して辿り着いた場所。

そこは、建物の外側に設置された非常階段口。

 

彼は、煙草を吸う時は雨の日以外はいつもここにくる。

 

設けられた喫煙場所で他の人間と一緒になるより、一人でいる方が楽だからだろう。

それを、長年の付き合いの剛はちゃんと理解していた。

 

 

 

「最近、ようみるけどちょっと吸いすぎちゃうか。」

「そっか?」

「体…きついんか?」

「そんなんちゃうよ」

「やったらええけど―」

 

 

 

基本、よほどのことがない限り光一の心中を察して声をかけることのない剛だが、

ここ最近、嬉しい事に二人一緒の仕事が多いせいか、

その分、こうやって一人煙草を燻らせて物思いに耽ってるような姿を見る時も多く、

少なからず気にとめていた剛だった。

そして今日もまた、わずかな時間を抜け出してわざわざ煙草を吸いにいった光一がどうにも気になって、

そのあとをおってきた剛なのだ。

心配げに尋ねる剛に、だが、あっけらかんとした表情で光一は言う。

 

 

「今の内の吸い貯めって感じかな」

「なんやそれ(笑)」

「舞台はじまったら禁煙生活やからな…」

「毎年、それで苦労すんならやめたらええねん」

「…やめよう思ったらやめれんねんけどな。」

 

でも、やめれない原因がある。それがなんとなく剛にはわかった。

 

「ほんまなら、舞台一本に集中できる時に―わるかったな…」

「・・・なにゆうとんねん」

「切り替えすんの、難しいやん。KinKiと舞台の両立は…

 それでなくてもツアーからずっと休みなくそのままあのハードな2ヵ月公演やん。

 そりゃ、二人で決めたことやしいままでもずっとやってきた事なんやろうけど―

 その時期に、こんなにも一緒でいることもあんまなかったもんな、俺ら」

「…そうやな」

「でも、シングル発売決まって二人一緒の仕事増えて。

 舞台初日を迎えるギリギリまで体酷使してるお前を見つづけなあかんのは―結構辛いな…」

「剛・・・お前なんか勘違いしてるかもしれんけど、俺は結構楽しんでるで、今の状況。

 そりゃ行ったり来たりでお前の眼には大変そうに映るかもしれんけど―」

 

そこでいったん言葉を切り手にしてた煙草を灰皿で揉みけすと、

光一は、体ごと剛へと向けた。

 

 

 

「剛…俺な?」

「うん?」

「結構、仕事へのオンオフも切り替えもきっちりしてるやろ」

「うん。」

「でもさ、舞台はやっぱりなんていうかな。気抜いたらそのことばっか考えてまうねん。

 この時期に入って、入念に話合いしてリハ重ねていく度どんどんと構想が膨らんでいって―」

「うん。」

「ちょっと時間に余裕があったら、他のことしててもすぐにそっちに意識が集中してしまう。

 いっそ、公演が始まってしまえばそれほどでもなくなんねんけど。

 

 ・・・煙草を吸うのはさ。」

 

「なんや?」

「KinKiの仕事に、その考えを持ち込みたくないから―かな。」

「―え?」

 

大きく眼を丸めた剛から不意に視線をそらすと、またガサゴソと煙草を取り出し。

 

「俺は、煙草吸ってると結構、無になれる。

 だから余計なこと考え始めたら頭の中に詰まったもん、全部真白にして次のことに臨みたい。」

「・・・・」

「やから別に、イライラしてるわけでも体調崩してるわけでもないねんから― 心配すんな。」

 

そう言って、光一はまた煙草を口へと運んだ。

今度は、どうみても照れ隠しをごまかす為の存在だと、言わずとも顔に書いている。

思いもかけず剛に心配をかけさせていたと知った、彼なりの精いっぱいの言葉だった。

本来お互いの仕事にはノータッチだし、

こうやって互いを心配しつつもみてみぬフリをしてきた2人だったけれど、

言葉にすれば、こんなにも素直に想いは伝わる。

 

剛は、素っ気ない態度ではあるけれどもちゃんと言葉にしてくれた光一の精いっぱいの気持ちを受け止め、

彼に気づかれないように小さくほほ笑む。

 

すると―

 

「あっ!なにすんねんっ!」

 

まさに煙草に火をつけようとした光一の口元から、寸でのところで煙草を奪い取った剛に、

思わず声にだしてその手を伸ばすも、

 

 

「もうすっかり切り替えられたでしょ?

 それ以上吸っても百害あって一利なしですよ。」

 

その手は軽く払われ、ちゃっかりとジャケットのポケットにも手を突っ込んで箱ごと没収する。

そして―・・・

 

 

「ちょうどええ機会やわ」

 

そう言って、不意に光一の前に差し出された小指。

 

 

「え?なに?」

 

「約束やん…」

 

「…なんの?」

 

 

その言葉に全く把握できてない光一へ、剛はおもむろに顔を近づけると耳元で何かを囁いた。

 

 

 

「―えぇ!?」

 

「というわけで、約束」

 

「なんでやねん…」

 

「別にええやん、二人だけの事やねんから」

 

「まぁ、そうやけど…」

 

 

 

いまいち乗り気でない約束ではあるけれども、

それでもおずおずと差し出した小指を剛の小指を絡ませると、

2人は「約束」を交わす。

 

その約束がいつ果たされるのだろうということは、この際どうでもいいことで、

2人でいれるからこそ、交わすことのできる「約束」だから意味がある。

 

照れからか、さっさと自分から手を離すと、

「剛、いくぞっ!」と声をかけて、さっさと歩きだす。

そんな光一の後ろ姿を見つめながら、剛は小指をそっと握りしめ、

 

誰も知ることのない二人だけの約束を唱える。

 

 

   いつの日か、2人で果たせることを夢見て。

 

 

 

 

 

 

 

           fin

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