「同じ空の下」
「なになにっどしたん?」
「いやいやっ…すみませんっ」
背後から宮根さんに手元を覗かれて
俺は慌てて店の隅に駆け寄る。
―終わった―
という簡潔な件名と、そして添付された写真…
「んふふ。」
店の片隅で一人笑いを堪えた俺がいた。
同じ空の下
番組のロケでやってきていた故郷の空の下。
慣れ親しんだ関西芸人の皆さんと、そして親友(笑)の宮根さんとの
楽しいロケ番組の時間はあっという間に終盤を迎えた。
以前、高校の先輩にあたる市川海老蔵さんに教えて貰ったその店は、
今では大のお気に入りで、奈良に来るたびに顔を出すほどの常連と化していた。
今回も奈良を案内するなら最後の〆はやっぱりこの店だろうと、
なんの迷いもなく段取りはすすみ、
案の定、その店の蕎麦は皆の舌を唸らせる程の評判だった。
楽しいトークに美味しい食事に、
番組だという事も忘れて過ごしていたら、
あっさりと予定時間を取り終えたと満足の内にロケは終了した。
改めてお世話になった皆さんと挨拶を交わし、
店を後にするその背を見送る俺。
最後に宮根さんが、「剛くんは帰らないの?」と言ったので、
「もう少しここでゆっくり過ごします。」
そう応えた。
「そう。じゃあまた、機会があったらゆっくりご飯でも食べにいこうや」
「はいっぜひまた。今日はほんとにありがとうございました。」
「いやいや、こちらこそ、ホンマお疲れさん!!」
疲れを感じさせない明るい口調と笑顔で挨拶を残し、彼は帰っていった。
そして俺は―
「もしもしっ俺。」
「おぉ~お疲れさんお疲れさんっ!!もうロケ終了したん?」
「うん、ついさっきな。」
「そっか。」
「ところでお前は今どこおんねん。」
「もう大阪市内に入ったで。結構早かったなぁ」
「ほんまやな。まさかこんなにはよこっち方面くるとは思わんかったけど。」
「まぁ、今回は○○さんに無理くりなお願いしてついてきてもうた感じやし(笑)
終わってすぐ大阪まで戻らなあかん用事あるいうから
今回のレース結果についても話したい事あったし、ついでに俺も乗っけてもろた。」
「そうなんや、で、これからどうすんの?」
「ん~新幹線ギリギリ間に合うかな。」
「・・・光一。」
「ん?」
「今から奈良においで」
「・・・え?」
「美味しい蕎麦食べさしたるから」
「・・・」
「実は一時間前ほどにマネージャーそっちに向わせたから、
丁度同じくらいに合流できるんちゃうか?」
「用意周到やな(笑)」
「同じ日に同じ関西の空の下にいる偶然は大事にしんとな。」
「ふふふ、なんやそれっ」
「あっそれとな、番組でいろんな店回ってんけど、
お前にもちゃんと奈良土産買ったから後から渡すわ。」
「また、なに買ってんおまえ~」
「なんや、なんか不服そうないい方が気になるなぁ」
「いやいやっ嬉しいよ?嬉しいけど―」
「嬉しいけどなに?」
「なんやかんやで、奈良帰ってる率高いおまえから貰ったお土産が結構たまってやなぁ」
「んふふっ」
「俺の部屋の隅にちょっとした奈良土産コーナーできてもうてんねんけど(笑)」
「んはははっええやんっそれ」
「ひゃはははっ」
「また一つそこに加えて」
「え~(笑)」
いつになく光一のテンションが高いのも大好きなFI観戦直後だからか、
珍しくも軽快な会話が続いている俺たち。
しかし、どうやら目的地に近くなったようで、車内の会話が聞こえてきて―
「とりあえず一旦切ってマネに電話入れてみるわ。」
「うん、そうして」
「じゃあまたな、剛。」
「うん、待ってるし」
そして、光一との会話は途切れた。
大好きな故郷、奈良の空の下。
あいつはもうすぐやってくる。
一度目に貰った写メのタイトルは「鈴鹿から―」
驚きはしたものの、同じ関西圏内に2人が偶然にもいる事に、
妙な嬉しさがこみあげる。
そして―
昼過ぎ時に、一旦収録が途切れた合間に何気に確認した携帯には珍しくももう一通、
「終わった―」と律儀にもそんなタイトルメールが届いてた。
普段、そんなメールなんて絶対にしてこないヤツだからこそ、
何を意味しているのか?なんて一人どぎまぎしてみたり。
でも、ただ単に、レースに興奮して写メを自慢したかっただけかも?と思えば
それもまぁありえなくもない(笑)
なんやかんやと番組収録中も頭の隅でそんな事を巡らしながらも、
自分の中で辿りついた答えは、
「光一にもこの蕎麦食べさしたりたいなぁ」
そんなことだった。
きっと、ここへと辿りついた早々に疲れたとブツブツいうかもしれないが、
この店の蕎麦を一口すすれば、
その表情は一気に笑顔で崩れるやろう。
そして、F1の話をちょっとでも振れば、
いつもの如く瞳を輝かせて熱く語り始めるんやろう。
それでいい。
たまにはあいつのF1話を聞くのも悪くない。
久々揃った同じの空の下。
楽しい時間はまだまだこれから(笑)
―fin―