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「あれ…どこやったかな…」



ふと、探し物を思い出して部屋の周辺を見回す。



「たしか、クローゼットの中に仕舞いこんだんやったような…」



曖昧な記憶の中で、
とりあえず腕を伸ばしてクローゼットの奥を探ったその時。



「あ、これ・・・」



手に触れたものを片っ端から放り出していたものの中に、
探していたものとは別の“それ”が紛れこんでいて。

思わず、手にしたものをマジマジと見入る。


“それ”は、東京へと越してくる前日に母が持たせてくれた




 一冊のアルバム…




生まれた時からずっと、
数えきれない程のたくさんの想い出が綴られたいくつものアルバムの中から、
荷物にならないようにと、選りすぐった数十枚の写真を
その一冊に託して持たせてくれたお母さん。

当時は、それを見るたびにホームシックにかかって、
見るに見れずで結局、クローゼットの奥へとしまっていた事を

いまの今まで忘れていたのだ。


でも。

あの時は開くことのできなかったそれも、
今は懐かしく、1ページ、

そして1ページと指が辿る。






まだ赤ん坊の小さな俺。
お母さんの腕の中、スヤスヤと寝入ってる。

そうかと思ったら、しわくちゃ顏で泣いている。

さすがにその頃の記憶はなくても、
今もはっきりと思いだせる生まれ育った我が家の風景。

少し年を取ってしまったけど、
そこには今も変わらない両親の姿。


他にも。


おじいちゃん、おばあちゃん。


お姉ちゃんに、


幼馴染みの友達と…


ページをめくる度に、俺の成長と共に、
写真の中の登場人物も増えてくる。


小学校に入ってからは、
幼いながらも所属していた劇団の仕事もこなしてていたけど、
このアルバムには仕事関係の写真は一枚も飾られておらず―

平凡で、当りまえな日々を楽しげに過ごしている
笑顔の自分がそこにいた。


そして…


中学時代までの懐かしすぎる想い出たちをラストに、
最後のページを捲り終えた俺は、でも・・・

背表紙の裏に貼られた、一枚の写真に目を奪われる。


それは、大好きなバスケットゴールがある自慢の裏庭で
俺とツーショットで写る少年との写真。


照れ臭そうにピースサインして、

でも俺の隣でそっと肩を寄せて、

今も変わらない、はにかんだ笑みを浮かべた



 「こういち・・・」



プライベートで、
一度だけ俺の家に遊びに来た時に撮った

一枚きりのツーショット写真。



そうだった。

俺たちはここから2人、白い羽根を羽ばたかせて飛び立ったんだね。



すっかりと忘れていた幼くも、
でも、変わらない2人の姿が、


何故だか俺の目には、ぼやけて映った。














 

 

小話「無垢の羽根」
 















「あかん…ねれへん。」


剛はまたひとつ寝返りをうった。



電気を消して布団へと潜りこんでから、もうどれくらい経っただろうか。

身体も心も、ヘトヘトに疲れきっていて、
ただ眠る事だけを求めているはずなのに…


しかしー

結局、眠れないままに剛は体を起こした。
それでも、電気を点ける気にはなれず、
カーテンの隙間からこぼれる月灯りをじっと見つめた。



机には無造作に置かれた、封の破られた一通の手紙。



剛は合宿所へと帰ってきた時に、
自分当ての手紙を一通受けとっていた。

差し出し人は、故郷にいる母親から。

手紙には、何気ない家族の近況報告と、
息子を励ます暖かな文章が綴られていた。

忙し過ぎてなかなか電話する事もままならず、
心配かけているかもしれないと、母の文字からそっと心情を読みとる。

でも今は、

こんな疲れきった声は聞かせられない。


「ハァ…」


大きなため息をつくと、剛はゆっくりとベッドを離れた。
そして窓辺に近寄ると気だるげにカーテンを開く。

窓を開ければ、肌寒い風とともに
月明かりが部屋へと差し込み
空を見上げれば満月に近いまんまるさで、
剛は故郷の地で見た星空を重ねた。


「奈良やったら、この月明かりに負けんくらいの星が空いっぱいに輝いてんのにな…」


そう呟いた瞬間、
ずっと抑えてた故郷への想いが
どうしようもないほどに溢れだし、

剛は思い詰めたように、一点を見つめた。



もしも…

今から、最終電車に飛び乗ったら、

奈良に帰れるんやろか?

いくつもの駅で電車を乗り継いで、
何時間かかろうとも。

大好きなあの街へ帰れるんやったら、
今すぐにでもこの部屋を飛び出してー


俺は・・・




ふいに溢れ出した感情に突き動かされるように、
足を一歩踏み出した、


その時だった。



フワリッと、窓から吹き込んだ風に煽られて、
剛の足元に舞い落ちたそれは、

母が手紙と一緒に同封してきた一枚の写真。


さっきは手紙を読むだけで
写真をちゃんと見てはいなかった剛だったが、
それを拾い上げ目にした途端、
堪えていたはずの涙がポロリと頬を伝う。



今はこんなにも故郷が恋しくて。

 帰りたいー

そう心が叫んでいるのに。


この写真の中の自分は、未来へと大きな夢を描いて
希望に胸を膨らまし、とても幸せそうに笑ってる。




 ・・・そうやんな。


 俺はなんの為に、「ココ」にやってきたのか。


 キミと誓ったあの気持ちを思い出した今、


 もう、帰れない。



「あかんっ、こんなすぐ弱音吐いたらあかんやんな?」



     なぁ、光一…



剛は我に返ったようにその場に座りこむと、
手にした写真に想いを伝えるかのように、

そっと胸へと押し当てた。








・・・・・・・・









「…あかん、眠れへん」


一度は布団に潜りこんだもののなかなか眠気がやってこない。
普段はスケジュールに押され、なかなか睡眠が取れない毎日が続く中、
珍しく早く帰れた今日くらい、いつもよりは早めに就寝につこうと思ってはみたものの
光一はすぐに諦めてベッドライトを点けると、枕元に置いていたドラマの台本を開いた。


今日…
番組ディレクターから理不尽な事で2人、こっぴどく叱られた。

もともと気分屋で、虫の居所が悪いとすぐに周りに当り散らす人で有名だけど、
最近、俺たちはその人の標的にされたかのように、
事あるごとに呼び出されてはネチネチ説教される。

光一は、そういう理解できない大人の戯言は軽く聞き逃す術を覚えたが、
まっすぐすぎる剛はいつだって正しいと思うことを負けずと主張し、
それが生意気だと余計に怒られる事も多々あった。


でも・・・


最近のあいつは、いつもの覇気が感じられなくて。
自分たちとは直接関係ない事で叱られた今日も、
剛はいつものように反論することもなく、
ひどく疲れたような顏でただじっと自分の足元だけを見ていた。

その時にチラリと見た彼の横顔に、

なにかもう・・・
いろんなものを諦めたような、悲しく揺らぐ瞳の色を感じて
光一の心にひどく焼き付いた。


その時のー

剛の横顔がさっきからずっとチラついて、
開けたはずの台本も全く頭に入ってこない。



 もしかしたらあいつも、眠れない夜を過ごしているかもしれない…



そんな風に思った、その時だった。



コトリッ



闇の向こうから聞こえたとても小さな物音に、光一は敏感に反応する。
そして。



 「つよしっ?」



と・・・

思わずそう呼びかけてしまった自分がいた。

しかし、静寂の中暫し気配を探るように耳を傾け目を凝らしてみるも、
その声に反応するものはなく
やはり勘違いだったのかと納得しかけた時、



「なんでわかったん?」


そう言って、光一の目の前にゆっくりと姿を現したのは、
まさに今、心の半分を占めていたその人で・・・



「ちょうどお前の事考えとったから、そうかなぁ。って」
「・・・」
「ってか、そんなお化けみたいな現れ方すんなや。ビックリするやんっ」

そうは言ってみた光一だったが、
不思議と驚きよりも、剛だとわかった時点で
安堵の方が大きかった自分自身に何より一番驚いた。
少し前まで当たり前のように一緒に仕事をしていたはずなのに、
何故だか剛の事が気になって仕方がなかったからこそなのかもしれない。

そんな光一の言葉に

「もう遅いし、流石に光一も寝てるかなって思いながらも、
 どうしても寝付けんくて来てしもた。」

と、申し訳なさげに肩をすくめて、小さくゴメンと呟く剛だったが

「ほんまやで。 明日ってか…もう今日か。
 早いねんから少しでも眠っとかんとっ」

意外にも光一から言葉尻キツく言われた途端、
叱られた子供のようにシュンとなって 大きな瞳を切なげに伏せた。


しかし、そんな剛の姿に、光一は何故か小さく微笑むと、
今度は声を和らげてこう言ったのだ。


「だから・・・・・
 剛もここで一緒に寝るか?」

「えっ?―ええの?」


思いもしなかった光一からのその言葉に、
剛は驚いたように顔をあげて、思わず聞き返すと

「ええの?って、枕抱えて来といて"ええの?"もないやん(笑)」
「えっ⁈」

言われて初めて、枕を抱きかかえて突っ立っていた自分の姿に気がつく。

「ほんまや…」
「気付いてなかったんかい(笑)」
「うん(笑)」

稀にみるその天然ボケに思わず笑いが込み上げる光一に、釣られたように剛も笑う。
その久々にみる彼の笑顔に、光一は何故か嬉しくなった。


そして。


「いつまでもそんなとこおったら身体冷えるし、はよこっちおいで」


そう言って伸ばしてくれた彼の手に縋るように・・・
剛は素直に、空けてくれたその隣へと身体を滑りこませたのだった。








・・・・・・・










「なぁ…」


光一がベッドライトを消してから、五分程経った時、
剛が、遠慮がちに声をかけてきた。

「ん?」

暗闇でハッキリとは見えない剛の横顔に、それでも光一は視線を向ける



「台本覚えんでもいいん?」

「…え?」

「さっきまで枕元で開いてたやろ?」

「あぁ、まだ時間あるから大丈夫。気にせんでええからはよ寝ぇ」

「・・・あのさ、朝早いから寝ようって、俺の為に言うてんねやろ?」

「・・・」

「お前は明日ゆっくりめの時間やの、俺、しってんで。」





さっきまでシュンとしてた剛が、
不意に自分を見透かしたようにいいだすから、思わず言葉につまる。

「あとさ、光一、ライトつけて台本読んでたけど、
 今日の月明かり、本読めそうなほど明るいの、知ってた?」



え?月明かり?





「やりたいことあるんやったら、何してくれてもええし、
 光一の邪魔にならんように、おとなしくちゃんと寝るから」
「・・・」


「今日だけ・・・一緒におって」




隣にいるはずなのに・・・


とても遠くから語りかけているような―
そんな距離を剛との間に感じた瞬間、
光一はおもむろに身体を起こすと、窓際に近づく。
そしてカーテンを開け放った途端、剛が言ったように、淡い月光が部屋へと差し込んだ。


見上げれば、夜空には満月浮かんでいて―



・・・気がついた。



ここ最近の剛の様子や、今回の言動の理由に。



最近、気がつけば空を見上げてため息をつく剛の姿を時折目にした。

番組トークでは、ホームシックにかかってもうたと、笑いのネタにしてたりもしたが…


光一は気づかれないようにそっとため息を吐く。
そして、至極冷静に思い至ったこの言葉をあえて口にした。





   「剛・・・奈良に帰りたいか?」









まだ・・・

子供だった俺たちだったが
様々な期待や不安を抱えながらも親元を離れやってきた東京での生活は、
驚く程に多忙な毎日が待っていた。

もともと人見知りが極端に強かった俺は、
それこそ、こんな仕事は不向きではないのかと、度々自問自答を繰り返していた最初の頃、
誰にでも人懐っこく接し、
なんでもソツなくこなしていく剛が正直羨ましくもあり、
すごく頼りにしていた時期もあった。
それでも負けず嫌いも人一倍な俺は、剛にさえ、気弱な部分だけは知られたくなくて
強がってみせたりもしたけど。

でも、今思えば、剛はそんな俺の性格もちゃんと察してくれていて、
フォローできるところはと、
俺の分まで無理して頑張ってくれていたのかもしれない…

普段は、滅多に意識することもないが、
自分に背を向けるように丸まって寝ている今の剛の姿を見て、思い出す。


俺たちは、どんなに背のびをして強がって大人たちの中に混じってはみても、
しょせんはまだまだ子供で、

100日違いの差であったとしても、


   


    剛は俺よりも年下なんやって・・・









光一の突然の問いかけに、剛は少し驚いたように肩を揺らしたが、
返事をしないかわりに、小さく頷いた。

仕事の時は、ライバルとして意識したりもして、対等に付き合っている相方なのに、
今の剛は、守ってやりたくなるほどに幼く見える。

どうやらホームシックにかかってしまったらしい相方の本音を聞いたところで、
「帰ったら」とも「帰るな」とも言えない自分だから。


    今、唯一、彼にしてあげれることといったら・・・




そして剛はというと、
しばしの沈黙のあと、ふいに光一の動く気配が伝わると
さっきの問いに素直に頷いてしまった事を瞬時に後悔した。


   もしかして、光一は呆れて部屋をでていくかもしれへんっ。


そう思っただけで泣きたくなった。


今の自分は、想像以上に人恋しくて―
帰れるものなら帰りたいと、今も心が悲鳴をあげている。

でも、それ以上に離れがたい存在が
近くにいた事に気づいた今・・・

求めたぬくもりを失うさみしさに耐えるように
剛はさらに身を丸くした


その時ー


ベットのクッションが軽く沈むと、光一はまた剛の隣へともぐりこみ、
背後から腕を回すと、包みこむように剛を抱きしめた。



そして―



   「俺が、剛の家族の代わりになれるんやったら、一緒におるから…」

   「・・・・・」



   「俺でいいんやったらいつでも傍にいるから」


   「・・・っ」


   「安心して寝ぇ」



そんなふうに、耳元でささやく優しい声と、背中から伝わるぬくもりを感じた時、
あまりの安堵感からか、あっというまに剛の涙腺が崩壊する。


でも、涙を見せたら、
またいらぬ心配をかけそうな気がして、剛は振り向く事ができない。


それでも、光一は優しくだきしめたまま、


「おやすみ」と、言った。








・・・・・・・・・・






朝、光一が目を覚ますと、すでに隣に寝ていた剛の姿はなく、
光一を起こすことなく、一人仕事に向かった事に気付く。

光一はこれからドラマ撮りが始まり、しばらくソロの仕事がメインになる。
普段は、そんなことさほど気にする事もなかったが、
昨日の今日ではさすがに、一度も顔を合わせてない剛の様子が気になって仕方なかった。

深夜に近い時間にやっと仕事から帰ってきたけど、
やっぱり剛の事がどうにも気になった光一は、
時間も時間だしと少々悩みつつも、結局剛の部屋へ行ってみる事にした。

部屋の前に立ちそっとドアノブに手をかけながらも
開いていなければ帰るという、最後まで消極的な賭けにでてみた自分だったが、
回してみるとあっけなく扉は開き、
光一は覚悟を決めてそっと身体をすべり込ませる。

きっと、昨日は剛がこんな気持ちで訪ねてきたのだろうと思うと、
お互い、なに気を遣いあってるんだか、と、笑いがこみあげてきたが、
静かすぎる室内に、さらに息を潜めて足を進めた。



そして、薄明かりの中、剛は・・・いた。




夢中でなにかを書いてるのか?


机に突っ伏している後ろ姿に、ゆっくり近づいていこうとも一向に振り返る気配もなく、、
結局、気づかれないままに椅子に座る剛の背後に立つ。

しかし、この距離で気づかないはずもなかろうと、背後から覗き込んでみて納得する。



剛はマジックぺンを握りしめたまま、寝入っていたのだ。




「アホやな、ちゃんと布団に入らんと、夏でも風邪ひくで」




ボソっと、呟いてみても起きる気配すらなく、光一はおもわず苦笑した。



その時、ふと・・・

目がいった剛の手元に
隠されていた写真に気付く。


人様のものを勝手に盗み見はよくないとおもいつつ、
そこに自分が写っていたから、やっぱり気になり、
光一は、剛を起こさないようにそっと写真を手にとった。


そこにはまだ関西にいた頃の自分と剛がピースサインをして写っている。


すぐにはピンとはこなかったが、程なくして、
一度だけ、剛の家に遊びに行った時に、
剛のお姉ちゃんが「ここに並んで、はい、ピース」と撮ってくれた写真だったことが思い出された。

何年か前の、懐かしい写真を、
なぜ、今、剛が持っているのか。


それも―



    並んだ2人の背中には、「白い羽根」が生えている




「ふふふっ 2人一緒やないとまともに飛べそうにないな(笑)」

そんなツッコミを入れつつも、
さっきまで抱いていた不安もいつしか消えていた。

そして、写真の隅に剛が書き込んだらしい小さく書かれた文字にも気がつくと
そっと指でなぞりながら

光一は、嬉しそうに微笑んだ。





 

「剛…KinKiが、俺たちの第二の故郷になったらええな」

fin

 

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