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「シアワセナミダ」

 

 

 

 





 



新幹線が東京駅に到着する時刻を見計らって、駅口から近い場所へ停車すると、
ほどなくして、何人かのスタッフと連れ立ってでてきた光一が、
こちらに気付くなり一目散に走り寄ってきた。

そして後部座席のドアを自動で開けてやると、するりと乗り込み
座席に腰を下ろすまでをしっかり確認したらそのままゆっくりと車を発進させた。

 





「お疲れさま」
「うん…お疲れ」
「…先に帰ってきちゃってごめんよ。大丈夫だった?」
「かまへんよ。別に。子供やないねんから」
「そうだけどね・・・」
「・・・」

これまでもずっと、マネージャーとして光一について周っていたのだったが、
どうしても、今日中にやらなければならない仕事ができてしまったので、
仕事が一緒だったスタッフへと後の事を頼むと、一足先に東京へと帰ってきていたのだ。

本日で、光一の怒涛の地方周りの仕事はとりあえず終了した。
後は、何本か都内でのインタビューなどを受けるばかりだ…

正直、息をつく間もないとはこの事だろう―
よくぞこれだけ仕事量を詰め込んだものだといっそ感心するほどに、
光一にとってここ最近にないかなりハードな月日だった。

だからだろう・・・
よほど疲れているのか、それともいっそ眠ってしまったのだろうか?
静かな後部座席をバックミラー越しにそっと確認しようと、

 

まさに視線を向けたその時―



「剛や・・・」



バックミラーに映った光一が、少し驚いた顔でそう呟くと、
思わずこちらが見惚れそうなほどに、それはそれは嬉しそうに破顔したのだ。

その笑顔の意味が、カーラジオから流れてきた剛の歌声に反応しての事だと知ったのは、
その一瞬後のことだった。

ずっとラジオをつけてはいたものの、
そのボリュームは実は聞こえるか聞こえないかほどだったにも関わらず。
そんな小さな音で、それも曲のイントロ部分だけで、“剛”だと当てた光一に、
いっそ感心してみたりしつつも、僕はさり気無くラジオのボリュームをあげてやった

 

すると、5月の青い空が思い浮かぶ優しい歌詞と美しいメロディーが車内に溢れ、
彼の穏やかな透明感溢れる独特の歌声が、心地よく胸に響いた。

そういえば、剛もいま、光一と同じくソロ活動で地方を飛び回っている。
二人が顔を合わせると言えば、月に一度か二度ほどで、
最近はほんとに一緒になることが少なくなっていた。

そこでふと、僕はここ最近感じてた光一の違和感を思い出した。
違和感ーというほどでもないのだが、
KinKiで活動してる時の光一と、ソロで活動してる光一の微妙な違いを、
年々感じる度合が大きくなってると思うのは―やはり彼の笑顔のせいなのだろうか。

仕事の時は、申し分なくしっかりと営業スマイルを決める光一だ。
彼をよく知らない人間は、気取った笑顔だと勘違いしやすいが、
彼のほんとの笑顔は、あんなものではない。
それこそ先ほど見せたような、言葉では言い表せれないその表情は、
いっそ光一が心を許した相手だけしか見れないかもしれない。

そう、例えば、剛に向けて見せるあのなんとも言えない表情など。

剛と行動を共にする時の光一は、ほんとに肩の力を抜いてるというか、
絶えず屈託なく笑ってるというか…

とにかく、今のようにソロで行動してる時とは、あまりにも差を感じてしまうほどの
柔らかい雰囲気を湛えた光一だったりするのだ。

いっそこのソロ活動が終了して、またKinKiに戻れたら、
光一の笑顔がたくさん見れるのだろうか?
疲れきって、仕事以外であまりに笑顔の少ない彼を見てるのは忍びない…
そう思うと、早く剛と一緒の活動をさせてやりたいとまで思ってしまう自分は、
やはり、一緒にいる時の二人の雰囲気がたまらなく好きなのかもしれない。


そんなとりとめもない事を考えているうちに、
いつしか剛の歌は終わり次の曲が流れ始めていた。

そして、ちょうど信号に引っかかったのをよしとして、一旦パーキングに入れると、
僕は体を捻って、光一を覗き込むように顔を近づけたのだが―

目の前に映った光景に、一瞬言葉を失ってしまった…

 
     どうして?光一・・・


その視線の先には、
うっすらと涙の跡を残して、しかし口元には小さな笑みを浮かべたまま
深く眠りこむ光一の姿があったのだ。

しばし、前方を見据えながらもどうにも遣るせない想いに囚われた僕は、
信号が変わったと共に左へとウインカーを出して、道路の端へと車を寄せた。

そして、徐に携帯を取り出すと、
意を決して、相手のメモリーを迷わず呼び出したのだ。



「・・・はい」

何コールめかで、先ほどラジオから聞こえた歌声の本人が、こちらの呼びかけに応えてくれた。

「剛、突然ごめん。」
「…どうしたん?」

少し伺うように聞いてくる彼は、きっと番号を確認した時点で何らかを感じ取ったのかもしれない。
何故なら、普段こんな時間に僕が彼に電話をかけるなど、滅多にないことだから。
しかし、すぐには本題に入らず、とりあえず剛の今の状況を聞いてみる。
自分の勝手で、彼の貴重な時間をつぶすわけにはいないと、そう思ったから・・・

「今、大丈夫?」
「もう帰り仕度してるところやから…」
「そっか、ならよかった。」

その言葉に、ホッと息をつく。
だが、そんな戸惑いがちな雰囲気からでも、
勘のするどい剛は自分の言わんとする事に察しがついたようだ。


「光一になんかあったんか。」


僕は自分からかけてきておきながも、一瞬言いよどみ言葉につまる。
声にならない僕に、それでも辛抱強く携帯向こうで息をひそめて伺う剛にそっと伝えた。



「今、光一を乗せてそのまま事務所に向ってる途中だったんだけど―」
「うん」
「もうずっと休むことなく働きどうしで、疲れもピークに達しているはずなのに、
 それでも眠れない状態が続いていたみたいで―」
「・・・」
「絶対に根を上げない彼だから、僕もあえて何も言いはしなかったけど。
 さっきさ、移動中にラジオから君の歌が流れてきたんだよ。」
「え?」

「そしたら突然 “剛や…”って嬉しそうに笑って。

 正直、聞こえるか聞こえないかくらいの小さなボリュームにも関わらずにさ、
 それもイントロだけで、君だってわかった光一に、ちょっと感動したりもして」
「んふふ」
「だからボリュームをあげて聞かせてあげたんだ、君の歌を―」
「うん」

「・・・なんかさ、辛いよ…」
「…なんで?」
「きっと無意識だったと思うんだ・・・・・光一が泣いたのは。」

「光一が……泣いた?」


僕自身も、彼が泣いたかどうなのかはほんとのところ想像しがたい。
なぜなら、絶対泣かない光一だから。
鉄の涙腺と自分で豪語するほどに、どんなに辛い事があろうとも涙を流さない彼だから。

それじゃあ、あの頬を濡らしていた跡は?と、今一度自問自答してみれば、
それはきっと、無意識で零した涙だったんだろうと・・・そんな答えに行きつく。

だからこそ余計に辛い…

無意識で涙するほど、光一は何かを必死で堪えていて。
そんな気がするから今の、あまりに無防備な彼を見るのが辛いんだ。
しかし、そう思う反面、気になる光一の・・・


「でもさ、剛。―笑ってるんだよ」
「え?」
「口元は、うっすらと微笑んでいるんだよ、光一」
「・・・・・」

「きっと…剛の声が聞けて・・・嬉しかったんじゃないかな」

なんとなく言葉にしてみて、妙にしっくりと納得できた自分がいた。


あぁ・・・そうなんだ。
たぶん、剛の優しい歌声が思いがけずに聞けて、嬉しかったんだろう、光一は。

ずっと二人で抱かえて共に歩むはずだった道を、今は、一時のことであったとしても、
たった一人でひた走る彼は、
剛という存在の大きさを改めて感じたんだろう。

だからこそ、今いない隣にいるはずの彼の歌声に、敏感に反応して、
疲れたその体に深く深く浸透していったのかもしれない…


    彼の愛する音楽に包まれて、漂うように癒されながら。


そうやって語りつつも、そういうことなのかと、何故か自己完結してしまった僕は、
ただ、黙って聞いていた剛に、

「君を困らせるような電話をしてごめんよ」

そう謝って携帯を切ろうとしたのだが。


「なぁ…」
「なに?」


      「お願いがあんねん―」




   携帯から聞こえた剛の声は少し震えていた…










点滅信号の近くに佇んでいた彼の近くへと車を寄せると、剛は素早く乗り込んで来た。
そして光一の時と同じように、後部座席へと腰を下したのを確認すると、車を静かに発進させた。

「ごめんな、無理ゆって」

申し訳なさそうに、彼が謝る。


「お願いがあんねん」の、そのあとに、
「光一に逢わせて」と、哀願にも近い想いを伝えた剛・・・

自分から電話をかけておきながら、そんな剛の想いをどうして断ることができようか。
事務所に寄るのはそんなに急ぎの用でもない。
剛を先に家に送ってから向かっても、それほどの時間に支障をきたすこともないだろう。
だから。
僕は車をUターンさせて、剛のいる場所へと向かったのだった。


「いや、いいよ。まだ眠ってるし…」
「そやな・・・」

思った以上に深い眠りの中にいる光一の傍で、剛は一体何を思っているのだろうか…

ずっと走り続けてきた彼らを、ずっと見守ってきた自分だったが、
それ以上の長い時間を共に歩き、過ごしてきた二人だからこそ、
自分の知りえない、二人にしかわからない想いもたくさんあることだろう。

どうやら剛は、光一を起こすつもりはなく、
ただそっと寄り添っているだけなのかもしれない。

それでも、それで二人が少しでも一緒にいれるのなら、
ほんの僅かな時間でも、共にいさせてあげたいと、そう思わずにはいられない…


       いつまでもずっと、二人には
        笑顔でいてほしいから・・・


     それが、僕のたった一つの希望なんだよ。









              fin

 

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