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「桜なみだ」


 










「剛さん、そろそろ時間なんで行きましょうか?」
「ん?…おぉ。」

マネにそう声をかけられたのは少し前。
その5分後には、マネの用意した車に乗り込んで剛は帝劇へと向かった。
光一の待つ帝劇へ・・・




あれは、年明けて半ばくらいの時だったか―
用事で事務所に寄った剛は、少年隊の植草とばったり出くわした。

「あれ!? 剛じゃん!」
「アッ!おはようございます!」
「光一とはしょっちゅ~会ってっけど、剛とは久しぶりだな。」
「そうですね。光一がいつもお世話になってます。」
「何改まって言ってんだよぉ~(笑) お世話されちゃってるのは俺だからっ!」
「んふふ(笑) いえいえとんでもない。」
「ほんとだって! あいつはすげ~よ。一緒に仕事しててつくづく感じてんだけど、
 学ぶことってまだまだあんだよなぁ~って実感させられてるよ、マジで。」
「…それはたぶん、あいつも同じ想いだと思いますよ。
 植草さんと共演できるってすごく喜んでいましたし、
 僕自身も先輩がいてくれるだけで何よりも心強く感じています。」
「つよし~!んな真顔でいうなよ~!照れるじゃんか(笑)」
「んふふふ(笑)」
「あっそうだ! 会えたいい機会だから言っとくぞ!」
「え?なんですかっ?」
「お前、見に来いよ!」
「…え?」
「え?じゃないっつ~の! 俺の迫真の演技絶対見ろよ!」
「迫真の演技?階段落ちでもするんですか?」
「うひゃひゃ(笑)光一じゃんね~んだからっ俺がんなことするわけないだろっ!
 痛いのはヤダヤダ!!」
「やだやだって(笑)」
「それは冗談として。光一の舞台見てやれよ? ほんと、すげ~いい舞台なんだから。」
「・・・知ってますよ。」
「それにこの俺が加わったんだからさらに素晴らしく磨きがかかってんだぞ!」
「なるほど(笑)」
「だからさ。時間できたらでいいから見に来いよな?感想待ってんぞ!じゃぁな!!」
「…え? あっ!!・・・いってもうたがな…」

テンション高く話すだけ話したら、
剛の返事も聞かずにあっという間に去ってしまった先輩にそっと溜息をつく

  相変わらずやなぁ~

しかし、植草の持ち前の明るさにかかれば一方的な会話も何故か全て許せてしまう。
そんな貴重な先輩の一人かもしもしれない彼と話しててふと、
光一と重なった瞬間があったと剛は思い起こした。

笑い方だ…

2人の笑い方がすごく似ているんだ。
ついこっちまでつられて笑ってしまうような人懐っこく愛嬌のある笑い方をする二人。
だから先輩であっても気兼ねなく話せていたのだが―

  ―光一の舞台見てやれよ―

始終、笑顔を振りまきながら交わしてた会話の中で唯一、真面目な顔で放った一言。
ここ最近、剛が観劇していない事を知ってか知らずか…
深い意味などないのかもしれないけれど。


  いかへんわけにはいかんよな…

この、予想だにしてなかった展開が、結局、剛の中の最大の理由になり
ここしばらく訪れてなかった帝国劇場へと足を運ぶことになったのだ。





事前に観劇に行くといえば、必ず席は用意してくれる。
しかし、剛はある時から敢えて、客席からは観劇せず上のモニター室から
そっと見ることが当たり前になっていた。
この日も、直前に行くことが決まり、ほんの一部の関係者にだけ伝えておいてもらった。
もちろん、光一にさえ知らせることなく、
いつもどおり裏口からそっと帝劇内に入り、モニター室へと案内される。
そして簡易で用意されたパイプ椅子に落ち着くと、
剛はあらためて懐かしそうに緞帳幕へと目を向けた。


ここに来たのは何年ぶりになるのだろうか…
「Endless SHOCK」になってからは、まだ一度きりしか見ていないような気がする…

それまでのSHOCKから大幅にスト―リ―が変わり「Endless SHOCK」へと進化したその舞台を見たとき、剛は、その名と通り衝撃を受けた。
役名が「コウイチ」だからこそ余計にそのリアルさが剛の脳裏に焼きつきた。
見終わった暫くの間、震えが止まらなかったのを記憶している。
よかったで!と拍手をおくりたいのに、
その両手は自身を抱きしめて込み上げるものを抑えるのに必死だった。

  ―桜の木の下に横たわる光一の姿が今も忘れられない…―



一人物思いに耽ってるうちに開演のベルが鳴り、
大音量と共に華やかな“SHOCK”の世界が視界一面に広がる。
自分が記憶するストーリーとはまた違った展開に、
気がつけば身を乗り出してそのステージを魅入っていた自分がいて、
植草が何度も念を押して「見に来い」と誘った理由がわかったような気がした。
そして何よりも…
自分の記憶する、絶えず張りつめた緊張感と孤独感を背負っていたあの時のコウイチと、
今、目の前に存在する、どこか柔らかな雰囲気を湛えたコウイチの印象が
こうも違って感じるのは―

年月のせいなのか?
ストーリーのせいなのか?
はたまた先輩の存在からなのか。

いや、その全部なのかもしれない。
確実にコウイチとSHOCKは進化し続けているんだ。

見せ場が続く前半部分は、笑いありショーは見ごたえありでテンポよくストーリーは進んでいく。
幼いころから同じ夢を見続けてきた仲間たち。
コウイチを慕い憧れのまなざしを向けるマチダやヨネハナは、現実の二人と重ねてしまう。
だから気がつけばこんなにも溶け合ったカンパニーへと成長したんだと思うと、
剛の中で、どうしても隠しきれない小さな嫉妬心が生まれてしまった。

自分はどうしてあの中に存在していないのだろう?
何故?
それを望まなかったのは自分であったはずなのに…

自分の中に芽生えた小さな感情。
それは、
たくさんの仲間たちに愛されてその中で笑ってるコウイチが羨ましいという感情なのか?
それとも―

「光一の傍にいれるあいつらが羨ましいのか…」

そんな子供じみた想いに心がざわつく自分に呆れながら、
今は舞台へと集中しようと気持ちを入れ替える。
そんな剛の気持ちを察したかのように、ストーリーはコウイチを波乱の道へと誘い
どんどんと盛り上がっていく。
やがて第一幕も佳境にはいりジャパネスクショーのあの場面へと近づくにつれ、
剛の体に緊張が走る。
それは忘れもしない、あの時の記憶・・・


当時はそれこそ、互いの仕事の話は聞かれない限りほとんどすることはなかった。
なので、光一の階段落ちもまさか本人がやるだなんて知ったのはかなり経ってからで―
本人も話す気なんて毛頭なく、
耳に入って聞かれたら説明しようかなぐらいの気持ちでいたようだ。
ただ、自分に関してはかなり無頓着な性格なので、
人前であろうとも気にせずに堂々と着替えをしていた。
鏡を普段から見ることがない彼は、それこそ自分では見えない部分にある痣など知る由もなく、
衣装に着替える為に、剛の前で何気に素肌を曝した時だった。

「・・・光一っ!これなんや?どうしてん!」
「え?」

突然、背後から剛の声がして振り向くと、
顔を顰めて自分のその背を凝視してる剛が目に入った。

「何のことや?」
「…わからんのか?俺の言ってることが―」

そう言うなり剛は手を伸ばして、光一の肩甲骨のあたりを少し強めに押した。
するとズキンと痛みが走り、思わず剛の手から逃れるように体を捻った光一に。

「なんでこんなにいくつも痣があんねん。何をしたらこんなひどい痣ができるんや。」
「・・・・・」
「見えへんかったからわからんかったんか?
 でも、こんなにひどかったら痛みもあるやろ…」
「もうだいぶマシや、言うほどでもない」
「…一回どっかでぶつけただけってわけでもなさそうやな。
 治りかけの上に、また新しい痣ができてる箇所もある。」
「・・・」
「どうしたら、こんないくつも痣ができたりすんねん。」

自分の怪我でもないのに、痛みに耐えるかのように辛そうに問いかける剛を見ていたら
これ以上隠し通すわけにもいかず、浅はかに剛の前で着替えたことを後悔しつつ、
光一は、小さく息をはいてポツリと呟いた。

「舞台で階段落ちに挑戦してる」
「・・・階段落ち?」
「25段ある階段から、うまく受身とりながら落ちる練習してるから、
 どうしても痣の一つや二つは作ってまうけど、そのうちうまく落ちれるように―」
「アホか!? 何やっとんねんっ! そこまでする必要なんかあらへんやろ!?
 一歩間違えたら、痣だけではすまへんかもしれんねんで!?
 もしもの事があったらどうすんねんっ!」
「お前と同じこと周りからも言われて散々反対もされた。」
「当たり前やろっ!そんなんっ!」
「でもっ! そのシーンだけ代役なんて!そんなんやっぱちゃうやろ。
 ステージに立った以上、自分の力で最後まで演り通したい!  
 全てを己自身で表現し成し遂げてこそ、
 観劇してもらえる価値のある舞台になるんやって俺は思う。」
「・・・そこで何が起ころうとも―か?」
「何が起ころうとも―や。最後の最後まで持てる力、全部を使ってでも芝居を続けてみせる。」

  ― それが俺の Show must go on ―


強い意志と眼差しを向けてそう言い放った光一に、
剛はそれ以上何も言葉にすることはできなかった。
一度、自分の中で決めたことは絶対に遣りとおす性格だと、周りの人間も
そしてもちろん剛自身も十分に知っていたからだ。

それでも、今思えばその時からだろう…
それまでは至るところで平気で裸になってた相方が、めっきり脱がなくなった。
その時期の剛も、自身の事だけでめいっぱいな日々だったので、
そのことに対して深く考える事もなかったが。
何度も何度も打ちつける肌に、色濃く残る数々の痣は、
きっとそっとやちょっとでは消えなかったのだろう。
それをみて、また剛が心配するんではないか?と、光一なりに気にかけて、
そっと気遣ってくれていたのかもしれない…

そうやって互いに気遣いつつ、でもどこかで互いに遠慮していた時期だったんだ。
あの頃の二人は・・・



そんな過去の記憶へと剛の意識がとんでたその時。


「うわぁ~~~!!!」


胸を貫くような絶叫に、一瞬にして現実へと引き戻された剛は、
まさに今、ヤラの手によって切り裂かれ血まみれになったコウイチを目の当たりにする。
顔全体を真っ赤に染め、ふらつく体でヤラを押しのけ、それでも勝利を示すかのように
剣を掲げ仁王立ちしたその迫力に思わず息を呑む。

そして一瞬にして襲ったその静寂の中、コウイチの苦しそうな息遣いが響くと
やがてその体は大きく傾いた。

剛は咄嗟に身を乗り出しその手を差し伸べるが、もちろん抱きとめれるはずもなく…
無残にもコウイチは一気に階段を転げ落ちていく。
仲間たちの劈くような悲鳴の中を―
そして、地面へと叩きつけられ息も絶え絶えになりながらも、
最後まで何かに縋るように空へと手を伸ばしたコウイチが―
ふと、こちらを見たような気がして…
剛は、力尽きる最後までコウイチから視線を逸らすことなく凝視し続けた。

何かを握りつぶしそうなほどに拳に力を込めながら
一部の幕が降りた後も、暫くは無言で立ち尽くしていた剛だった・・・






「剛さん! 休憩タイムになりましたよ。」

マネに肩を叩かれ我に返った剛は、幕が降り客席が明るくなっていたことにやっと気がついた。
ホッと息をつき、びっくりするくらい強張った全身の力を抜くと、
剛はゆっくりとパイプ椅子へと腰を下ろす。

「何か、飲みますか?」

今だどこか心あらずな剛に遠慮がちに話しかけると、
少ししてやっと、剛は何事かをポソリと呟いた。
思わず聞き逃したマネージャーは「え?なんですか?」と再度問うてみると…

「ちょっと転がり方がおかしかったような気がしてんけど、頭とか打ってへんかな…」

飲みたいものを答えたんだとばかり思っていたが、
剛が気にかけていたのは階段落ちした光一の安否のことで、
一瞬どう答えたらいいのか答えに窮する。

「あ…どうだったでしょうかね。あっという間のことだったんで―」
「大丈夫やんな…」
「・・・」

光一を心配しながらも、だからといって同じく休憩をとっているだろう彼には会いに行こうとはせず、必死に「大丈夫。」と言い聞かせてるようなその後ろ姿に、

「大丈夫でしょ。すぐに元気な姿をみれますよ。」

マネージャーはあえて安心させるように明るく答えると、
「飲み物買ってきますね!」とそのまま部屋を後にした。
彼のその言葉に、少しだけ気持ちが落ち着く。
余計なことばかり考えるのは、きっと光一のせい。

「迫真の演技すぎて、こっちの身がもたんわ…」

一幕目ですでに帰りたい気分になった剛だった。






ほどなくして2幕目が始まった。
すでにストーリーを知っているだけに、最初から気持ちが滅入る。
それでもやっぱり舞台が進むにつれ、彼らの世界へと引き込まれていく。

有名なシェークスピアの物語が、美しく描かれ幾重にも展開されるその力の入った芝居は、
ワンシーンではなくいっそ最後まで演じきってほしいと思うほどに、
一つ一つの魅せ方に心奪われる。
そんな重厚なる世界観から一変して、おちゃらけたコウイチが登場した時になって
剛はやっと安堵の息をついた。

温度の感じられる自分のよく知る光一がステージに立っている。

すでにこの時点では幽霊であるコウイチだと認識してはいるのだが、
アドリブを連発して素に近い笑顔を振りまく彼は、やはり自分のよく知る光一の何物でもなく。
つい先ほどまでの心配など吹き飛ばすかのような、活発な振る舞いと屈託なく笑う表情に、
気がつけば、自分もついつられて笑ってしまう。

「んふふ(笑) なにやっとんねん」

連発するボケに小声でツッコミながらも「こんなコミカル芝居ならもっと見たろ思うのに…」と
さすがに、その思いは心の中だけで留めておいた。

そんな笑い溢れるやり取りもやがて、悲しくも辛いシーンへと移っていく。



その場面は以前見た時も感じたはずだった―それは、
一途にコウイチを想っていたはずのリカの心情。

誰よりもコウイチを愛し、コウイチだけを見つめ続けてきたはずの彼女が、
まさかの、コウイチを刺し貫くという展開。
コウイチ自身に「死」を認識させようとする、もっとも辛く悲しいシーンにしかし、
以前見たときも剛は同じ疑問を抱いた。

―好きなら尚更、幽霊でもいい、傍にずっといててほしいとは思わないのか?―

そんな風に思ってしまう自分の方がとても女々しいのかもしれない。

現に、周りにいる誰よりも…コウイチ本人でさえまだ気づいていない本当の“在り方”を、
リカは一人、悲しみを乗り越えて訴えかける。

あの日見た時からさらに進化し、植草という新しいオーナーキャラが加わったことで、
少なからずのストーリー上の展開が変わってはいても、その揺るぎないリカの想いは
確かに「コウイチへと向ける一途な愛故なのだ」と、今ならわかる。


だけど…コウイチに光一を重ね合わせてしまっている今の自分は。

コウイチの…光一のいなくなった世界を・・・

俺は、リカのように前向きに受け止められるのだろうか―!?


この舞台を見るまでは、そんなこと考えもしたことがなかったのに。
現実味を帯びたもしかしたら?の世界を見せつけられた時に初めて、
とてつもない恐怖に剛は襲われた。
ずっと、ずっと当り前のように隣にいた光一。
それこそ、今目の前に存在するコウイチの仲間たちと同じように、
同じ夢をみて悩み傷つきながら、それでも絶えず二人で頑張ってきた俺たちだった。
そんな友達とも兄弟とも家族とも違う…いや、それ以上の存在だった光一と、
これまでもこれからも二人の距離はなんら変わることなく一緒に肩を並べて歩んでいけると思っていた。

でも?
もしも?コウイチのように突然に命を落とし、だが、魂だけになっても変わりなく自分の前に現れたら―
そして、もしそれに己が気づいてしまっても。

きっと。
きっと自分は、光一の幸せよりも自分の想いを優先してしまうかもしれない。
幽霊でもいい! 自分の傍から消えないでほしいと、ただそれだけを願い続けるかもしれない…

そんな自分勝手な想いに・・・
光一は天に還ることなく、その願いを叶えてくれるのだろうか―



以前よりも確実にコウイチと仲間たちの深い絆がヒシヒシと伝わるにつれて、
剛は人としての在り方を考えさせられる。

何が正しくて、何を求めればいいのか…
誰のために、何をしてあげればいいのか…

コウイチたちの辛く悲しい現実への想いを受け止めながらも、
剛の中で結局その結論はでないまま、それでも、舞台は突き進む。
それは剛にとっても、もっとも辛いその瞬間へと刻一刻と迫っていくのだ。



剛が未だ光一へと伝えてない…実は密かに気に入ってる場面があった。
それが、この夜の海。
群舞を従えて踊る、息の合った流れるようなダンス。
ファンはもちろんのこと、相方の自分でさえため息が漏れるほどに美しいと思う。
光一が作ったというこの素晴らしい楽曲が、見事に調和されSHOCKの世界を奏であげる。

「お前はほんますごいで…」

彼から溢れ出る音の海へ浸りながら、剛はそう呟いた。
顔を見てはなかなか言えない、本音だった。

そして意識は、光一からコウイチへと切り換える。

TOPに立ち衣装を揺らめかせながら、その音楽に包まれるように無心に舞うコウイチは
すでにどこか儚げで、見てるだけで熱いものが込み上げてきそうだ…
やがて、最後の最後まで見事に踊りきった彼は、
それはそれは言い表すことのできない
幸せに満ち足りたような笑みを見せた。

もう、思い残すことな何もない―とでもいうように・・・

そんなコウイチへと天からの迎えが来たかのように、一筋の光が射し
ヒラヒラと、どこからともなく彼の元へと舞い落ちてゆく花ビラたち。

そんな降り注ぐ花ビラたちを仰ぎ見ながら、
コウイチは何を想ってその手を天へと差し伸べたのか。
それさえもわからぬままに、
彼の中の時間は終わりを告げ、

静かに―静かに崩れ落ちていく・・・


気がつけば、満開に咲き誇る大桜の木の下に、
コウイチは横たわる。

それを見下ろすは大樹の意思か。
その尊き姿を、覆い隠そうとするかのように、
ヒラヒラと、花ビラは彼の元へと舞い落とす・・・


桜、桜・・・
どうか、コウイチの最後の希望を叶えたまえ。

そして、安らかな眠りを彼に―




剛の一途な願いは、神の宿る桜へと届いたのだろうか…
もう…涙で見えなくなったステージを、それでもぼやけた視界から
コウイチの姿を追い求める剛。

以前見た時はそれでも涙を堪えることができたのに・・・
本当に涙もろくなった。と、素直に思う。

それでも彼らの演技に感動したんだと胸張って
ポロポロと後から後から零れ落ちる涙を隠すことなく、
剛は、最後までそのステージを見守った。


「逢いたい…」と、それだけをそっと念じながら―









無事に幕が降りると光一は、カンパニーの共演者やスタッフへと言葉を交わしながら、
いつものように一直線に楽屋へと移動した。

自身の部屋の前まできて暖簾をめくり中へと入ると、
そこにはいつから居たのか、見慣れた相方の後ろ姿があった。

「つよし?…来てくれてた―オァッ!?」

思わず名を呼び声を発したが、それは最後まで言葉になることはなく、
突然、剛が振り向きざまに腕を掴み引き寄せると、
次の瞬間にはあっという間に抱きしめられてた事に光一は眼を丸くした。

「つ、剛っ!? なんや?どうしてん!?」

ゆっくりと剛の顔を見ることもままらない一瞬のその行動に、光一は小さく動揺し、
何事か?と、自分を包み込む相手へと問いかけるが返事はなく、
逆に光一を抱きしめるその腕はさらに強さを増した。

その密着した互いの温度と、わずかに伝わってくる心音に光一は、
言葉にしない剛の―心情をふと感じ取ったのか。
それ以上、問いかけることせず。
手持無沙汰だった両手をそっと剛の背中へと回すと、ゆっくりと抱きしめ返す。

そして―
親が子供を優しくあやすかのように、ポンポンとその背を叩いた。

何度も。何度も。

―大丈夫。ここにおるから…―

そんな光一の呟きが聞こえてきそうな、優しいリズムと暖かな温もりが
しっかりと剛にも伝わって。

2人の間に、静かで優しい時間が流れた。


暫くして、ふいに腕の力を緩めると剛は光一から無言で離れた。
もしかしたら剛は泣いているんでは?と、
ちらりと頭を過った光一は、一瞬、剛の顔を見るのが躊躇われたが、
それはほんの取り越し苦労だったようで、思いのほか笑顔で目を合わせた剛は、
しっかりと光一を見て言った。

「よかったで、舞台」
「そ、そっか。見れくれたんやな。ありがと」
「うん。約束したからな」
「約束?だ、誰と?」
「植草さん。…と、いうわけで、じゃあ行くわ」
「・・・え?えぇ~!? もう?ってか感想それだけ?」
「え?…他になにゆってほしいん?」
「な、何って…」
「とりあえず、先輩に今日の感想言わなアカンから。」
「あ、そう…」
「ちゃんと着替えて―待っとけよ。」
「おぉ~・・・え?待っとけ?」

舞台を終えた後の光一は、いつもながらどこかほわんほわんとしていて、
頭がしっかり回っていない。
その上、普段よりも素直で感情がもろに態度にでることを剛はしっかりわかっている。
剛の言葉一つ一つに振り回されながらも、
「待て」と言われた瞬間、何かを期待したのか、瞬時に顔がほころぶ。
そんなコウイチでは決してみることのないだろう、光一らしさを感じて剛はそっとほほ笑む。

「明日は、夜公演だけやろ?」
「うん、そう」
「やったら、これから一緒にご飯でも食べにいかへん?」
「・・・お前と?」
「うん」
「・・・2人だけで?」
「うん」
「え~・・・」
「嫌ならええよ。」
「しゃ~ないなぁ~。今日はせっかく来てくれてんから、剛君に付き合ってあげましょか。」
「んふふ(笑) ありがとうございます。
 じゃぁ、ちょっと先輩の楽屋覗いてくるから、さっさと支度して待っててや。」
「おぃ~」

見た目は、今だ輝かしいばかりの舞台衣装をきた光一なのに、
どこのおっさんかという声と態度に、剛は笑いをこらえるのに必死だった。
そのまま、楽屋をでて、廊下を歩きながら、
もう一度、先ほど抱きしめた光一の確かなぬくもりを思い出す。


そして結局、辿りつく先は―


俺の知る光一は、決してコウイチなんかじゃない。
だって、こんなにもしっかりと温度を持って、自分の隣にいてくれる。

今はもう、それだけでいい。



ねぇ。

“桜”よ、お前もそうだろう?

その下で、そっと咲いててほしいのは、



きっとかけがえのないその笑顔・・・






 

fin

 

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