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いちごみるく









その日。

穏やかな日差しの差し込むハウススタジオで、
とある撮影が行われていた。


先にスタジオ入りしていた剛は、
いつものように慣れ親しんだスタッフ達と打ち合わせしつつ、
予定の一つであるソロショットを、様々な動きや表情を見せながら撮り終えると、
一旦、終了の声がかかった。

ゆるく肩の力をぬいてフッと息をつくと、何気にスタジオの隅へと視線を向ける。
すると、いつの間にやってきたのか、
撮影セット用のいすに腰掛けてる光一に気が付いた。

足を組み、腕を組んでうつむいているその姿から、
器用に座ったまま寝ているんでは?と想わせる静けさで
景色に溶け込む相方を見つけて思わず苦笑すると、
そっと近付いてその隣へと腰を下ろした。

すると、目を閉じていただけだったらしい光一が、剛に気づいて、
『おぉっ』と小さく驚いてみせた。


「おはようさん。」

『ん。・・・もうソロショット撮り終えたん?』

「うん。」

『じゃ、次は二人一緒やな。』

「そうちゃうか。」


スタジオでは、次なる撮影に使うためのセットや小物の配置などの準備で
スタッフが慌ただしく動き回っている。

そんな風景を、なんとなしに目に留めながら、
二人は別段、あえて会話することもなく並んで座っていたのだが―


『・・・ケホッ』

「・・・・・」

『・・・んんっ』


不意に、小さく咳込み喉を押さえた光一の仕草が気になった剛は、
心配そうに、その顔を覗きこんだ。


「・・・なんや?」

『ん?』

「風邪ひいたんか?」

『ちゃうねんけど、喉がなんか乾燥してもうて…』

「・・・痛むんか?」

『いや、少し気になる程度。』


でも大丈夫だからと言って、その話はさらりとかわすと、
光一は、仕事へと気持ちを切り替えるように、
テーブルに置かれていた打ち合わせのメモに目を通した。
剛は、そんな彼を暫く横目で見ていたが、突然何かを思い出したように、
ガサゴソと身の周りを探りだし、そして。


「光一。」

『うん?』

「…あっ。」

『・・?』

「あっ!」

『あっ?!』


唐突に「あ」を連呼する剛の意図が読めず、思わず首をひねりながらも、
それでもつられるように「あっ」と、言葉を発した時、
待ってましたとばかりに、剛が光一の口へと何かをほうり込んだ。


『んん!?』


びっくりして瞬間的に閉じた口内に、フワリと広がった甘い香り。
剛がほうり込んだそれは、実は、ピンク色したキャンディーだった。


『何すんねんっ』

「んふふ。喉に潤い持たせんならやっぱ飴玉かな?と。」

『いや、気持ちはありがたいですけど・・・』

「喉飴じゃないのがあれやけどな。」

『―なに?これ・・・イチゴ?』

「いちごみるく?」


手に持っていたキャンディーの包みを広げて剛が言う。


『イチゴの味しかせん。』

「…あれや、イチゴ味のキャンディーの中にミルクが入ってるやつちゃうか。」

『ふ~ん』

「大概オレ、いつもは喉飴持ち歩いてんねんけどなぁ。
 ちょうど切らしてもうててんけど、
 さっきスタッフのコが″あげます!″って言って、いくつかくれたもんやから」

『・・・あ、ほんまやっ!ミルクの味してきた。』

「んふふ」

『あ、甘っ!!』

「んふふふふ」


甘い甘い!と騒ぐ光一に笑みを零しながら、
剛は持ってたいくつかのキャンディーもついでにと、光一のその手に握らせる。


『いらんて~!』

「ええから、ちょこちょこ舐めときなさい。 それだけでも全然ちゃうよ。」


自分自身も少し前までは喉の調子が悪く、
暇があれば、飴を口にしていたからと、剛が話す。


『お前こそ、風邪気味やったんちゃうん?』

「ん~、調子悪なるとすぐに喉にくるからなぁ」

『・・そう言われてみたら、なんか声掠れてへんか?』

「ん?今はそれほどでもないと思うけど」

『いや、やっぱいつもの声よりも若干かすれてるような気がするわ!』

「そうかぁ?」
 
『・・・あ―って言ってみ?』

「…あ―」

『おりゃっ(笑)』


疑いもせずに、素直に声を発した剛へと、
手渡されていたキャンディーの一つを素早くほうり込む。


「んん~!」

『うひゃひゃひゃっ』


してやったりなの笑顔の光一。



「同じ事すんなゃぁ」

『同じ事にひっかかるお前があかんねん(笑)』


あまりにも、あっさりとひっかかるものだから、光一は可笑しくて仕方がない。
仕返しとばかりの彼の行動に、少々呆れつつも、
子供のように屈託なく笑う光一につられて、剛も笑みがこぼれる。



『あ~、やっと飴なくなった!甘かったわぁ』

「オレはまだイチゴ味やで」

『舐めてたらミルク味になるわ(笑)』


なんやかんやで、キャンディー一つで盛り上がってる二人だったが、
準備ができたようで、「次の撮影に入ります」と、スタッフから声がかかり
剛は思わず慌ててしまう。


「ちょっ!まだ口に飴残ってるっちゅ~ねん!」

『ひゃはは!…噛んでまえっ』


光一にアッサリとそういわれた剛は、仕方なくカリッと飴を噛んだ。


「甘い~」

『…やろ?(笑)』

「でも美味し。」

『ふふふ(笑)』



口の中に広がるミルクを堪能しながら、
そのまま二人は、肩を並べてツーショット撮影へと入っていった。


そこには、柔らかな二人だけが纏う空気が漂い、
始終、和やかな雰囲気の中で
時折、視線を絡ませては、
そっと、笑みをこぼしあう二人の姿があった。







余談。

撮影に入る前、スタイリストのコが二人の元にかけより、
それぞれの髪や服を軽く手直しした時に、
ふと、二人から漂った同じ香りにひっそりと首を傾げた。


それは

甘い甘い

いちごみるくの香り・・・






 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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