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「ひとつの花」

 

 

 

 

 






コンコンコン




背後にある閉ざされた扉から響くノック音

しかし、広いオフィスの中央にあるソファーに深く鎮座した人物は
微動だにせず沈黙を守る。

すると。



「失礼します」

返答を待たずしてドアが開き、言葉と共に深く一礼をすると、
一人の青年がオフィスへと足を踏み入れた。


「ジャニーならいないわよ。」

それでも、頑なに振り向こうともしない彼女は開口一番、そう投げつける。


「知ってます」
「じゃあ、なにしにきたの。私は呼んでないわよ。」


ハッキリと突き放す冷たい口調。
最近は、青年が見る限り、
彼女はいつも眉間に皺を寄せて、不機嫌を露わにしている。

変わり映えしない、いつもの調子に小さくため息を吐くと、


「そんなに意地を張り続けて疲れませんか?」



まるで宣戦布告ともいえる、直球で放たれたその言葉に、
やっと存在を受け入れたかのように、彼女の視線が青年へと向けられた。

「なにがいいたいの。
 あなたまで私に意見でもしにきたの!?」

”あなたまで”という含みを込めた言い方に疑問符が浮かぶが、
チラリと彼女が視線を向けたその先にあるものに気が付いて、
青年は「あぁ・・・」と納得する。

「あのこは昔から、なにかと私に反抗的っ。
 それでもジャニーがあなたたちを特別に扱うから、私も好きにやらせてあげてるけど、
 だからって今回のことで、私に意見しようなんてお門違いもいいところ。
 ・・・もちろん、あたなもよっ!!」

遠回しに訴えた言葉の数々が、しっかりと彼女の耳にも届いていたようで、
怒りの矛先がこちらへと向けられる。

ピンと張り詰めた空気。

青年は、鋭い視線を受け止めながら、今一度、姿勢を正し―


「重々承知しています。僕なんかが口を挟むような次元ではないと。
 ただ、これだけは言わせて下さい。
〝現在(いま)の僕があるのも、ジャニーさんやあなたのおかげだと思っています。
 本当に感謝しています。」
「・・・・・」
「だからこそ、今、大きく揺らぎつつある〝ここ″を守らなければと思う。
 まだまだ僕らができることはたくさんあると信じているから」

揺るぎない瞳を向けて力強くそう告げる青年に、

「なにをえらそうにっ」

と、吐き捨てるように言いつつも、何故か声に勢いをなくした彼女に、
青年は一歩、また一歩と近づき・・・


「みんな、きっと一緒です。言葉にならなくても、同じ想いです。
 そして、あいつもー」


ふと立ち止まり、棚に飾られていた額を手に取り


「この一文字に込めた想いは、あなたにもちゃんと伝わっているはずです。」


そう言って彼女へと差し出したそれは、
先ほど、彼女がチラリと視線をやった先にあったものであり、
青年のパートナーが社長へと送った”書”であった。

 

社長の名前の一文字 『喜』をとって綴られたその意味は

 ―オフィス(事務所)が喜びに満ち溢れますようにー


だが。

それは彼女の名前にも存在する
一文字でもあるのだ。



争いは何も生みやしない。
ましてや、身内同士でなんて・・・

悲しみしか残らない。


どうか、

誰も欠けることなく、みんなが笑って過ごせますように。

大事な大事なFAMILY。

いまこそ、”ひとつの花”となって・・・



「僕らは、大きな事など望んではいません。
 ただ、あなたにも昔のように笑顔でいてほしい。

 それだけなんです。」


青年は、最後にそう伝えるとゆっくりと扉の方へと向かう。
そして、ドアノブに手をかけようとしたその時。


「だから私はあなたたちが苦手なのよ」


ポツリと呟いた彼女の声。


でも、青年はあえて聞こえないフリをして


「失礼しました」と、深く頭を下げると部屋をでた。



その背に、年老いた彼女への

切なさを感じながら―




      

 

- fin-

 

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