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missing you

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黒塗りのワゴンが一台、とある建物の玄関前に止まる。

すると、後部座席のドアが開き、中から黒尽くめの男が一人ノソリと下りてきた。
 
黒の帽子を目深に被り、ほんの少し肩を窄めながら歩く青年は、
正直、ここを出入りする関係者とは見受けにくい。
しかし、玄関先に立つガードマンにも別段怪しまれる事もなく、なんなく目の前を素通りした。
 
 
結構な人間の行きかう廊下を歩いていると、ある意味目立つその男はやたらと声をかけられる。
そのたびに、唸り声?ともつかぬような低い声で挨拶を交わしながらも、
顔を上げなければその姿勢も崩すことなく、ただ黙々と歩き続ける。
 
やがて、目的の控室へと辿り着きスルリと部屋へと滑り込むと
そのまま崩れるように置かれていた椅子に座りこんだ。
 
 
 「はぁ~ねむ・・・」
 
 
そのまま、小さな欠伸とともに寝そべるように机に突っ伏し、

無造作に被っていた帽子をとる。
すると、その雰囲気とは似合わない明るめの髪がサラリと流れた。
その時。


 
 「光一君」
 


閉めたはずのドアがガチャリと開いて、青年を呼ぶ声がした。
 
その青年…光一は、眠たげな目を何度か瞬きながら、声の主へと視線を向けると
 
 
 「え?オーさん、早っ‼」
 
 

と、思わず驚きの声を上げた。


光一のマネージャーである太田は、車を駐車場に止めるとすぐさま彼の後を追った。
光一から遅れること5分、普通ならすぐに追いつくはずもないのだが
車中で暫く仮眠を取っていた光一はそのまま眠気を引きずり、
普段より歩く速度も鈍かったので、意外と誤差なく控室へと現れたのだ。

その太田という男は、マネージャー経験は浅いながらも気遣いもよくできて、

比較的光一と年齢も近く趣味も似通ったところがあるせいか、何かと話も合い、

二人の時などは特に、“オーさん”とあだ名で呼ばれる程、光一に慕われている。
今も・・・
 
「光一君、まだ寝る気なんでしょ」
「ん~・・・今何時?」
「えっと、3時半を回ったくらいかな」
「じゃ~30分だけ…お願い。熟睡してたらちゃんと起こして、な?」
「わかったけど、寝起きの悪いのだけは勘弁だよ!」
「あ~ぃ…」
 
言うが早いか、あっという間に寝息が聞こえてきた。
 
 
「しかたがないなぁ~」
 
 
そんな風に呟きながらもしかし、

太田の手にはしっかりと、車内から持参してきていたタオルケットが握られており、
こうなる事をすでに見越していたように、そっと光一の背中へとかけてやる。
 
 よほど疲れているのだろう。
 こんな光一の姿も珍しい…
 
太田は小さくため息をつきつつも、
ここのところずっとハードスケジュールをギリギリでこなしてる彼の姿を見てきてるだけに、
少しでも休ませてやりたいとも切実に思う。
 
それでも太田は次のやるべき事の為に、
光一を一人残してそっとその部屋を去っていった。

 

 

 


 
 
 
 こぉいち・・・

 

 

  つよし? どこいくねんっ
 
 

 

 

  呼んでる・・・おまえが―
 
 
  何ゆうとんねん。俺はここにおるやん。
 
 
 
 
 傍にいく・・・待ってて・・・
 


  つよしっ!? 剛っ!!
 
 

 

 

 

 

バタバタと廊下から響き渡る騒がしい物音に、光一はふっと深い眠りから目覚めた。
 
「ん・・・なんやぁ?」
 
寝ぼけ眼で一瞬、状況を把握できずにいたが、

思い出したように慌てて時間を確認した光一は驚いて飛び起きた。
 
なぜなら、時計の針はすでに4時半を過ぎていたから・・・
 
 
  えぇっ!? あれからもう1時間経ってる!!
 
 
うっかり寝過ごしてしまった事に焦りつつ、急いでラジオブースへと向かうと
収録に関わるスタッフ達が揃って、なにやら話し込んでいる。
そのうちの一人が、光一に気付くなり声をかけてきた。
 
「あぁ!光ちゃんっよかった…呼びに行こうとしていたんだよ」
「すみません! うっかり熟睡してしまってて。
 もう、とうに始まる時間過ぎてますよね、すぐ始めましょうか」
「あ…そのことなんだけど―」
 
 突然言葉を濁すと、微妙に顔を顰めるスタッフたち。
そんな雰囲気に思わず光一も眉を寄せるが、それよりも気になったのが…
 
「ところで、剛は?」
「それがさ、剛くんはまだ到着してなくてさっき太田君が連絡とってくれたんだけど、
 何かあったのかひどく焦った様子で、一旦事務所に戻るとか言って飛び出したきり

 まだ連絡がない状態で…」
「え?ほんと?」
「どうする?時間もない事だし、予定変更で剛君抜きで収録する?
 彼が到着した時点から二人に戻ればいいだけのことだし」
 
 

この先の進行を手早く決め始めたスタッフの言葉に、「わかった」と二つ返事で応えながらも、

内心、心穏やかではない。
 
 剛がまだ到着してへん。
 それだけならよくあることだからまだよしとして。
 問題は、オーさんが焦って事務所に戻ったという理由は何か?ということだ。
 
 
 そこで一瞬、悪い予感が過る。
 
 
  剛になんかあった!?
 
 
とたんに、心臓がトクリと波打つ。
そして、ふと思い起こされた、剛の声・・・
 
 
 ―呼んでる・・・おまえが―
 
 
先ほど見た夢がオーバーラップして、さらにその予感を増長させた。
 
  まさか…ほんまに?

 

途端に気が気ではなくなって、光一はスタッフの傍から一旦離れると、
後ろポケットに忍ばせていた携帯を取り出し、急いで自身のマネへと連絡を入れる。
だが話中なのか携帯が繋がらない。
小さく舌打ちすると今度は剛のマネにもかけてみるが、こちらも同じく繋がらない。
 
そういえば、今朝のスケジュール確認の時に…
 
 “この後は、ラジオ収録だからね。
 今日は剛君とも合流して、二人での収録予定だから”
   
 “あ、そうなん?うまい具合に時間合わせたんだ。”
 
 “僕が…というより、岸さんがね。
 たぶんあっちはラジオ収録以前の仕事は撮影が入ってるって言ってたと思うけど、
 それほど時間がずれ込む事もないだろうと言ってたしね。
 ほぼ定刻通りに二人とも合流できると思うよ”
 
そんな会話のやりとりをしたのを思い出し、ますます何かあったのではと不安が募る。
だからといって、連絡があるまでなにもしないというわけにもいかず。
 
 とりあえず一人でもできる仕事は片付けていかなっ!
 
 
そう気持ちを切り替えると、再度スタッフの元へと戻り
さっそく段取りを合わせて、そのまま剛抜きでのラジオ収録が始まった。
 
それからは。
光一の簡潔な話術と手際よくまとめた進行で収録の方もそつなくこなし、
予定時間よりかなり遅れて始めたものの、さほど時間をオーバーすることもなく、
無事、予定の2週間分を撮り終えることができたのだが―
 
 
結局、最後まで剛が到着することはなかった。


 
 
 
 
 
「お疲れ様~!!」
 
スタッフから、前半のアクシデントもすっかり忘れたかのような安堵の声があがる中
光一は一人、キョロキョロと誰かを探すかのように辺りを見回す。
そして、ブースの隅にひっそりと佇む太田の姿を見つけたとたん、
 
「太田さんっ!!」
 
飛びつくように駆け寄った。
 
 
実は、剛同様に収録中も一向に姿を見せることがなかった自身のマネの事も、
光一は密かに気にかけていた。
たぶん、この今の状況を一番把握しているであろう太田が戻ってきてくれたことに、
とりあえず胸をなでおろす。
 
しかし、そんな光一の姿をみて、何故か太田はぎこちなく視線を外した。
どことなく様子のおかしいマネージャが気になるものの。
 
 「何があったのか知らんけど、突然飛び出したきり連絡もなかったら、皆心配するやろ。
 スタッフもギリギリまで待ってくれたけど、
 結局、俺一人で予定の2週間分は撮り終えたわ」
「ごめん、わるかった・・・でも、光一君ならちゃんとやってくれると思ってたよ。」
「仕事に穴は開けられへんしな。 
 で・・・オーさんはなんで事務所戻ってた? 剛に・・・なんかあったのか?」
「と、とりあえず、控室に戻ろう」
 
まだ多くのスタッフが周りにいるのに構うことなく詰め寄る光一へ、
太田は困ったように顔を顰めると、慌ててその場から連れ出したのだ。
 
 
 
そして二人きりになったところで、改めてその口を開く。
 
「いや、大したことは、ないんだ。
 ちょっと剛君サイドで撮影のアクシデントがあったらしくて、いろいろ手間取ったみたいでさ」
「…だとしても、連絡の一つくらいは入れれるんちゃう。
 まぁ、アッチの都合をオーさんに言っても仕方ないけど、

 だったら何でオーさんが事務所に呼ばれたん?」
「それはっ!…剛君とは関係のない話でだよ。
 急を要することがあって連絡がとりにくい状態だったから、

 いっそ直接行ってかけ合った方が早いと思って…」
「・・・・・」
「声もかけないで勝手な行動をとってキミにも心配かけたと思ってる。
 バタバタしてるうちに連絡も遅れて―ほんと、悪かった!」
 
 
素直に詫びる太田の姿を見ると、それ以上はさすがに何も言えなくなる。
嘘をつくような人間でもないから余計に。

しかし、普段の自分なら、彼の真摯な姿と言葉を聞けば素直に納得しただろう。
自分自身にも落ち度はあったわけで、
熟睡しきっていたから何もかも気付くのが遅れたわけだし、

それを思うと、これ以上偉そうなことも言えず、

“これからはお互いきをつけような”で話は終わるはずなのだが。
 
仕事に関して、マネージャーがいないからといって何も出来ないような自分ではないし、
この仕事に関してはそれこそ十何年も続けてきてる分、必然と周りとの結束も固い。
スタッフも、そういう仕事に携わる二人の多忙さを十二分に熟知してくれているだけに、
どちらに何かあったとしても、今回のようにすぐに機転を利かせて素早く対処してくれる。
 
そう・・・
 
光一にとって、太田に聞きたいのはそういう事ではない。
 
 
 
 つよしは、本当にそんな理由でこちらにこれなかったんだろうか。
 二人一緒の…久々の仕事だったのに。
 
 
 
光一はどうしても、太田のいう理由が曖昧すぎて納得ができないでいた。
 
太田が自分に嘘をつくはずがない。
信じてやりたい。
しかし。
 
 一番、信じれるものが・・・自分の手元にまだ届いていないから。
 
 
 
先ほども言ったが、こういうハプニングはもちろん何度となくあったのだが、
実はそういう時の剛は結構マメで、

簡潔ではあるが理由を連ねたメールをちゃんと光一宛に送ってくるのだ。
二人の仕事で相方に迷惑をかけてはいけないという剛なりの思いやりなのだろう。
 
それなのに―
何気に先ほどから何度となく確認してみてるが、
 
 
 手の中の携帯には、着信もメールも今だ一件も届いてはいない・・・
 
 
 
 
そんな光一の心情など知るはずもない太田は、
 
「光一君、急がせて悪いけど次の仕事の時間が押してるからとりあえず移動しよう」
 
そう言って、慌てて次の仕事へと急かしだした。
これ以上余計な詮索はするなとでもいうように…
 

なんだか仕事という言葉で有耶無耶にされたような気もするが、
とりあえず今はそれを確かめる術も時間もない。
結局、そのまま太田に追い立てられるように車へと押しこめられ、

次の仕事場へと向かって急発進した。
 

光一は思う。
剛とすれ違いになったことなど今までも山ほどあったというのに・・・
今日に限ってこんなにも彼と逢えなかった事に不安を抱く自分が不思議でたまらない。
それはきっと―
 

 

 あの夢見のせいだろうか。
 
 
呼んでも振り返ることなく、光の向こうへと消えていった剛が、
今も鮮明に思い起こされる。
 
 
一人後部座席で、携帯を取り出し画面とにらめっこ状態で固まっていた光一だったが、
ふと口元を引き締めると何かを決心したのか、突然メールを打ち始めた。
 
 
 俺の思いすごしやんな…つよし
 
 仕事が終わったころにでも、
 
  “もう家についてますよ。
  今日はいろいろご迷惑をおかけしましたねぇ 
  すみません^^
  まぁお互い何かと大変ですが、フォローし合っていきましょう”
 
 みたいな、いつものお前らしいメールがきっと返ってくるよな?
 

 
光一は自分の打った、たった5文字の文章を何度も何度も読み返し、
そして、何かを願うかのように剛へと繋がっているだろう空へと向かって送信した。
 
 
 
   ―どこにいるー
 

 

 

その問いかけに、彼からの返信が届く事だけをただ祈って・・・
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

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