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自分は 何処へ向かっているのか



その先に待ち受けるものは何なのか


 
不安で胸が押しつぶされそうになりながらも


 
だからこそ 願わずにはいられない

 


 
どうかこれが


 
これこそが夢であってほしいと―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

missing you

-4ー

 

 


 
 


 
「迎えに行く」と言った岸の言葉を断った剛は、
すぐさま財布と車の鍵を引っ掴むと外へと飛び出した。
 
待つよりも自分から向かった方が少しでも早く辿りつけると判断したから。
 
 
夜中の比較的に空いた道路を、
普段ならドライバーの手本のような安全運転である剛が、
さらにアクセルを踏んで先へと急ぐ。
 
 
 
  光一が、舞台の組まれたセットの上から落ちた。
  突然、貧血をおこたしたかのように身体がよろめいて頭から落ちたらしく
  意識がなく、そのまま病院へと搬送されたそうだ・・・
 
 
 
 
携帯向こうから聞こえてきた言葉。
今も、ハンドルを握る手が小刻みに震えている。
 
 
 
  ほんまにあいつはっ!!
  俺を心配するどころやないやろっ
  自分が病院行きになってどうすんねん!!
 
 
 
 
  ーじゃあ、俺行くわ。ほんま無理するなよー
 
 
そう言って最後まで自分を気遣ってくれた光一を見たのは
ほんの数時間前だったはずなのに――
 
 
今、思えば。

最後のあいつの後ろ姿にどこか後ろ髪惹かれた自分が妙に気になったのは、
何故か、呼び止めたい衝動に駆られたのは、
ほんとにごくわずかな彼の異変に実は無意識に気付いていたからじゃないだろうか。
でも、普段の自分だったらすぐに気付いてやれた彼の体調を、

ごっちゃになった頭では認識することができなくて。
 
 
  そういえば、いつもより光一の一つ一つの動きが鈍かったような
  もともと色白なあいつやけど、それ以上に顔色が白かったような
 

 

そうやって思い返せば思い当たる事はありすぎて。
 
 
すでに自分自身も体調が悪かったというのに、
だけど剛の事もあって余計に心配かけまいと、
無理して普段通りに振舞っていたのだとしたら・・・
 
あの時―
マネに病院を進めようと立ち上がった光一を引き止める為に
咄嗟に掴んだあいつの腕がひどく冷たく感じたのが、

体調を崩しての事だったのなら―――
 
どうして自分はあのまま光一を行かせてしまったのだろう・・・
 
 
   あいつの我慢しぃな性格を誰より知ってたくせに。
   俺こそが、あいつの体の事を
   誰よりも一番に気遣ってやるべきやったのにっ!!
 
 
やりきれない思いが果てしない後悔となり、剛はただただ自責の念に駆られたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
かなりのスピードで車を走らせた事で、剛は程なくして指示された病院へと到着した。
 
一般病棟の夜間入口は避け、マネージャーに教えられた更に奥へと進んだ入口の方へと車を廻すと、
暗がりの中、車のライトに照れされた先の入口横で、既に到着して待ってくれている岸を確認する。
 
焦る気持ちを抑えてなんとか駐車スペースに車を止めると、
すぐさま岸の元へと駈けつけた。
 
連絡から15分後に合流できた二人。
 
 
「剛。病室はこの廊下を行った階段を上がった突き当たりだから」
 
岸は、最低限の言葉だけで誘導し、剛もまた無言でそのあとを追う。
 
 
  タガイニ シンジツニフレルノヲ サケルカノヨウニ―
 
 
病院内の薄暗い簡易照明の灯る廊下を足早に行く二人の足音だけが
無機質な空間に切なく響き渡った・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「光一は?」
 
何故か病室の前に群がる事務所の人間たち。
不審に思いつつも近寄りながら問いかけてみるが、
誰もが互いの顔を見合わせるだけで、剛の問いに答える者はいない。
 
そんな周りの態度に苛立ちながらも、
病室へと駆け寄った剛が、その扉に手をかけたところで―
 
「剛君、待って」
「なんやねんっ!!」
 
咄嗟に剛の腕を掴んで病室内に入るのを止めたのは、他でもない
光一のマネージャーであった。
突然の知らせを岸へと伝えた張本人に光一との面会を遮られた事で、
苛立ちが頂点に達した剛は、掴まれた腕を思いきり振りほどき睨みつける。
 
すると―
 
病室の向こうからかすかに漏れた誰かの啜り泣く声に、思わず剛の動きが止まる。
 
 
「今は、ご家族の方が来られてるんだ。もう少し待ってあげて―」
 
ポツリと呟くマネージャの声を聞きながら、
剛は、じとりと冷たいものを背中に感じた。
 
 
なんだろう・・・この言い知れぬ淀んだ空気は―
聞きたくても聞けない自分がいて、

でも知りたくなくても感じ取ってしまう自分もいた。
 
そう・・・この、啜り泣きの訳も・・・
 
 
 
 しかし剛は大きく被りをふると、今一度冷静さを取り戻し
すでに全てを知り尽くしているであろう岸へと言葉を放った。
 
「なぁっ!光一の容体はどうなん?」
「・・・・・」
「会って話せるんやろ?
 あいつのことやから高いとこから落ちたとしても、上手いことバク宙で着地して、
 ほんとはかすり傷程度なんちゃうん。」
「剛・・・」
「そうなんやろ?」
「・・・・」
「―――なんで?
 なんで、そこで“そうだ”っていってくれへんねん」
「剛―」
「ほんま、皆して下らん冗談はやめろや」
 
周りの者は皆、剛の事を想ってか頑なにその口を閉ざしまたまま、
ただ、憐れむような視線を向ける。
 
そのあまりに重い空気に耐えきれなくなった剛は、ついにその場へと塞ぎこんだ。
 
 
岸はそんな剛の腕を掴むと、廊下の隅に置かれた長椅子へと連れていき、
とりあえず落ち着くようにと座らせた。
そして、深く項垂れる剛に、ゆっくりと言葉を選びつつ話かける。
 
 
「すまない、剛。
 ほんとは、もう少し早くにこの事は知らされていた。
 だが、大したことはないと聞いていたし、
 お前自身もかなり疲れていたようだったからすぐには知らせなかった。
 まさか、突然にこんなことになるなんてー」
「・・・・・」
「まだ、誰も信じられないんだ。 
 誰だって信じたくないのかもしれんない。だから剛の気持ちは―」
 
「なんの話やねんっ!!!」
 
「剛!?」
 
「やめてぇ~ってゆ~てるやん。
 俺、こういう冗談一番嫌いやんねんっ、聞きたくもないねんっ!!」
 
「冗談なんかじゃー」
 
「これ、番組かなんかか?俺を脅かそうとして、
 みんなしてグルんなって芝居してるんちゃうんか!?
 やったら、今日の出来事も全部納得いくわっ!!」
 
「・・・・・」
 
「光一に言ってや。ふざけんのも大概にしろって。
 あいつの事やから、俺が本気で怒ってるって言ったら、
 バツの悪そうな顔して、慌てて“ウソやウソ”って笑って飛び出してくるにきまってんねん」
 
「剛、落ち着いてくれ」
 
「落ち着いてるっちゅ~ねんっ!!だからはよ光一連れて―」
 
「光一はもういないんだっ!!!」
 
 
岸のきつく言い放った事実に、剛は大きく息を呑む。
 
 
 
  「もう…どこにもいないんだよ」
 
 
 
 
 
 
連絡を貰った時に、ふと過りながらもでも、そんなはずはないと打ち消した言葉。
ここに来てからずっと、誰もが頑なに口にすることもなく重く閉ざしていた言葉。
ずっと当り前のように傍にいたから、今の今まで想像だにできなかったその言葉。
 
 
  嘘や・・・
  こんなことがあるはずがない。
  あいつはいつだって羨ましいくらいタフで
  なんでもあっさりとやってのけて、
  体もめいっぱい鍛えてて、いつも“大丈夫”って笑ってて。
 
  お前がおらんかったら―
  
  俺一人やったら“KinKi Kid”になってまうやろ・・・
      
 
 
 
暫く微動だにしなかった剛が、ふらりと立ち上がった。
剛を気遣いつつ言葉を選んで伝えるつもりが、
結局、厳しい現実を突き付けるだけの言い方になってしまった事に、
岸は深く反省しながらも、そっと窺うように剛を仰ぎ見た。
すると。
剛は突然、何を思ってか病室とは反対方向の廊下へと駆け出していったのだ。
 
 
「剛っ!? つよし―っ!!」


 
マネージャーの叫ぶ声にも振り返ることなく、
ただこの場所にだけは居たくなくて。
この事実だけは受け止めたくなくて。

 

全てから逃げ出すように、剛はただ闇雲に走った。
 
長い廊下を駆けぬけ、重い鉄の扉を開いて外へと飛び出すと、
先ほどは感じなかった冷たい風が、剛へと纏わりつく。
 
 
 
  さむ・・・
 
 
両腕で自分を包み込むように抱きしめ、

身を縮めながらどこへともなく歩きだす。
 
 
目を瞑ると今日会ったばかりの光一の姿が蘇る
 

 

 

  ー剛…大丈夫か?ー
      
      

 

そう言って心配そうに瞳を揺らしていた光一
 
 
 
 
  ー無理するなよっ!ー
 
      

 

 

最後まで自分を励まして気遣ってくれた光一
 
 
 
 
  ー剛・・・じゃぁなー
 
      

 

 

そして、一瞬だけ見せた思いつめたような表情。
 
 
あの時、光一は何を伝えたかったのだろう。
自分のことで手いっぱいだったせいで気になりはしたものの
結局、有耶無耶のまま今の今まですっかり忘れてしまったいた。
 
 
 
  引き止めてでも、聞いてやればよかった
 
 
 
今になって止めどなく溢れ出す涙。
拭っても拭っても止まることのない涙に視界が遮られる。
 
そのために―
 
無意識に道路を横断していたことも
自分を照らすライトと耳を劈くクラクションに我へと返るのも、
剛は、ワンテンポ遅れてしまった。
 
 
眩しい光とそして闇を切り裂くかのようなブレーキ音が響き渡ったのち
嘘のような静寂が、何事もなかったかのように訪れた。
 

代わりに道路へと放り出された携帯が小刻みに振動し、

 

そして、着信を告げる。
 
 
 
 
 ― 23:59 岸 ―
 
 
 

 

しかし、この携帯が相手へと繋がることは

 

・・・二度となかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                









 




 

 

 

 

 

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