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missing you

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「あれ?…光一君!?」

思わずそう呟いたのは、光一をよく知る仕事関係者だった。

突然、目の前を疾風の如く走り去っていった若者が、
光一に似ていたような気がして、思わず足を止めてその後ろ姿を確認する。

しかし、ほんとに一瞬のことだったし、
いつだって冷静で落ち着いた行動をとる彼からは想像もできないかなり慌てた姿に、
自分の中の彼のイメージとはどうにも重ならず、
もしかして見間違いかな?と思うことで納得し、結局その場を後にした。


だが、その若者とは…もちろん光一だったのだ。




わき目もふらず廊下を駆け抜け、すれ違う人々を見向きもせず目指した先は、
地下駐車場へと続く玄関前。
ほぼ走る速度を落とすことなく駐車場へと飛び出すと、
そこへ待ち構えていたように、一台の車が光一へと横付けした。

突然、真横に止まった車に一瞬ビクリと反応するも、
それが自分のよく見知った車だとわかると、躊躇なく助手席のドアを開けひらりと乗り込む。
そして、何故か運転席には視線も向けず、無言でシートベルトを着用した。

そんな光一の行動を横目でうかがっていた運転席の男もまた、
自分からも声をかけることは一度もなく、シートベルト着用を確認すると、
ゆっくりと車を発進させたのだった。








あれから・・・・・

光一は一旦冷静になって、さらに詳しく剛についての事情を太田に求めたが、
事務所側は、光一の性格からこうなることは予測していたのだろう。
詳しい状況説明は太田には伝えないまま、光一の監視だけを任せていたらしい。
なので、結局のところ、“剛が行方不明らしい”という至極曖昧な状況しかわからず終いで
ますます不安が膨らむ一方だった。
程なくして、いつまでもスタジオに帰ってこない光一を心配したスタッフが探しに来たために、
それ以上、太田と話すこともままならず、
互いに複雑な心境のまま残りの撮影が再開されたのだった。

その後は、なんとか私情を出さないようにと完璧に仕事モードへと切り換えて、
予定通りに撮影が終了したが、
仕事を終えた光一は、それまで以上に周りをシャットアウトするかような
近寄りがたいオーラを纏ったその姿に、誰も声をかける者はいなかった。

仕事中は無心でいられたけれど、モードをoffへと切り換えた途端、
心はすでに剛のことでいっぱいになる。

誰に聞いたら、さらに詳しい状況を知る事ができるのだろう…
太田を見る限り、事務所に関わる人間は誰もその事に関して教えてくれるものはいないだろう…
それこそきっと事情を知る者なんてほんの極一部で、
自分と同様、未だ彼の身に起ってることなど知らない人間の方が多いに決まってる。

だが、もし仮に真実を知る人物が目の前に現れたとして、
「聞いたところでお前になにができるんだ?」と言われれば、光一は返す言葉がない。
果たして自分は剛の為に、何ができるというのだろう。
何より、この日々詰め込まれた仕事を放棄してまで、
勝手に行動できる立場でもなければ、できる性格でもないではないか。

そんなことは自分自身が一番よく知ってるはずなのに―

そう…頭ではわかってはいるのに、
心の中ではそんな己を見透かしたようなもう一人の自分が、煽るように囁きかけるのだ。


 “彼の身が危険に曝されてるいるかもしれないというのに
  お前は呑気に仕事なんかやっててもいいのか?”

 “そうこうしている間に、もう二度と会えない姿となって
  お前の元に帰ってこようとも、何の後悔もないのか?”


その言葉はあまりに重く圧し掛かり、光一の胸は押し潰されそうになる。
それでも…
自分勝手な感情で先走り、周りに迷惑をかけることは―できない。

光一はやるせない程に、幾度となく沸き起こる心の葛藤と闘い続ける他なかったのだった…



スタジオから人の気配がなくなった頃、漸く重い腰をあげた光一は、
自分にあてがわれた控室へと戻り、
次の仕事への移動の為に、撮影用の衣装から私服へと着替え始めた。
すると、あの休憩中の会話を最後に、後半の撮影の合間には一度も姿を見せなかった太田が、
やっと光一の前に現れたかと思うと、

「光一君、この後の仕事は全部キャンセルになったから」

突然、そんなことを言い出したのだ。

「・・・・・え?」

一瞬、言ってる意味が理解できずに、ポカンと口をあけて太田を見つめる光一に、


「君は急な腹痛に襲われて今から病院に向かうことになったので、
 どうしてもこの後の打ち合わせには参加できないということを伝えておいたんだよ」

当たり前の話だが、正直疲れは溜まってはおれど腹痛を起こした覚えはない。
なのに偽りを伝えて仕事をキャンセルしてきた彼のの真意を諮りかねて困惑する光一に、
太田は優しく言って聞かせた。

「剛君が心配でほんとは仕事どころじゃないよね」

その言葉に、思わず光一の眼が見開く。

「君の性格上、自分から時間が欲しいだなんて絶対に言いっこないだろうし、
 かといって、大事なパートナーが行方不明だって知ってしまったというのに、
 冷静に仕事に集中しろという方が無理な話だ…」
『オーさん…』
「君の代わりに僕がなんとかできるものならしてあげたかったけど…
 結局、何の力になってあげられない自分がほんとに不甲斐なくて―」
『なにゆってんねん…オーさんはオーさんの仕事をちゃんと全うしてるやん。
 何もオーさんがそんな風に感じることはないよ」
「ありがとう…そんな風に言ってくれる君だから、
 剛君の為にも僕もできる限りの事はしてあげたい。
 光一君はさっき言ったよね?“この先は自分でなんとかする”って。
 何もしないで彼を待ち続けるよりも、少なくとも、真実をその目で確かめて
 納得しないと気が済まないよね。」
『それって、どういう…』
「少々嘘はついてしまったけど、ちゃんと了承済みだし、キャンセルしたスケジュールも、
 すでにちゃんと組みなおしたから。
 だから、この後の時間は君の好きに使っていいんだよ。
 大丈夫、責任は全部僕が請け負うから、自分で納得できるまで彼の真相を確かめたらいい」
『オーさん』
「ただ、こういう時間をつくってあげられるのも今日限りだけ。
 舞台も差し迫っているし、もうギリギリいっぱいの状況だから、
 そのあとの事は、周りの人間に任せてもらうほかないんだよ…」
それまで、言葉少なに瞳を揺らしがら聞いていた光一だったが、
太田の哀願にも近い思いに、思わず唇を噛みしめて俯くと、
『俺のしようとしてることは、ただの自己満足で、何ができるってわけでもない…
 それでも、オーさんのいうとおり、こんな気持ちのままではダメやねん。
 自分でも情けないくらいに、動揺してる…
 真実を知りたくて…でも知ってしまったら余計に自分にできる何かを
 探そうとするかもしれない。
 剛の為に、周りが大事になってる時に、俺まで迷惑をかけることになるけど―
 我儘ゆってごめん。少しだけでいい…俺に時間を下さい』

そう言ったきり頭をあげようとしない光一に、
剛との絆の深さを垣間見せられているようで、太田は改めて彼らの想いの深さを感じた。

「光一君は何も言ってないじゃないか。
 僕が勝手にしたことなんだから、君が気にする必要なないんだよ。
 でも、お願いだから、無茶な行動だけは取らないでほしい」
『わかってる…』
「それから、こちらからの連絡にちゃんと答えてくれるかい?心配したくないから」
『うん・・・』
「あと、君に約束できる時間は深夜の12時までだから。」
『12時?』
「そう。時間になったらどこにいようと必ず君を迎えに行くからそれだけは約束してくれる?」
『わかった、約束する』
「そしてもう一つ。
 剛君に関する情報を知ってる“ある人”にも連絡をとっておいたから。
 今からすぐに、地下の玄関に急いで。」

太田は、言うべきことをすべて伝え尽すと、素早く後退りして扉をあけてやった。

あまりにも周到すぎて、逆に何かあるのでは?と、一瞬戸惑いつつも、
それでも太田なりの自分達を思っての行動に、思わず胸が熱くなる。
光一は、ゆっくりと太田へと近づき、その肩に手をかけると、
そのまま凭れるように右肩へと頭を預け、

「オーさん…ほんまごめん。―ありがと」

顔を隠したまま小さく呟くと、一気に扉向こうへと駆け出していった。


太田は、光一と剛がともに並んで無事に戻ってくる…
ただそれだけを願って、廊下の向こうへと駆けていくその背中をそっと見送った。




・・・・・



走り出した車中では、なんとも微妙な沈黙が続いていた。
光一は、目前に現れた車を確認したとたん、
太田が連絡をとったという人物が誰なのか一瞬で悟り、思わず顔を顰めた。

 よりにもよって、オーさんが連絡したのがこの人とは…

太田が相談しやすく、そして剛の事情をよく知り得て尚且つ、後の事を頼める人物となると、
それこそ簡単に想像がつくはずではないか。
なのに光一は、混乱した脳からすっかり彼の存在を失念してしまっていた。

その人物とは、剛のマネージャーである岸であった。

そんな彼に対して、光一が複雑そうに顔を顰めるのにはもちろん理由がある。

それは二人のマネージャーとしてついていた歴の長い岸は、
両方の性格を熟知していているだけあって、扱いも上手い。
仕事面やプライベートな面でも何かと頼りになるし何より大人で、
そんな岸に、昔から二人ともかなり懐いてもいた。
そんな存在な彼だからこそ、
時には兄のように慕う二人を、弟のように可愛がってくれる時もあるが、
無鉄砲な行動を取ろうとした時は、父のように厳しく説教する事も
ある。

そう…今回はまさしく後者の方。


 なにを言われるかわかったもんじゃない!!  

 
そんな内心穏やかではない光一を尻目に、
しばし寡黙に運転に集中していた岸だったが、道路が渋滞に差し掛かったところで、
やっとその重い口を開いた。

「光一、太田が剛の事、話したんだって?」
『オーさんが話したわけじゃない、俺が無理やり聞き出しただけだから』

光一は、自分のせいで太田の立場が悪くなるのを懸念して、そこははっきりと否定する。

「・・・どっちでもいいが。
 とりあえず、お前はこの件に関しては首を突っ込むんじゃない。」
『・・・・』

想像はしていたが、思った通りの展開にため息が漏れる。
太田の言い方では、光一に”協力的な人間”を紹介するという感じだったが、
彼の思惑は残念ながら、岸には伝わらなかったらしい。
何故なら、岸は太田以上に“事務所側の人間”だからだ。

岸はあらかじめ、光一がもし、剛に関することに気付いたら、
あとのことは自分に任せて欲しいと、太田へと言って聞かせていたのだった。
太田はもちろん、先輩格である岸のいうとおりに伝えはした。
ただ・・・
太田は岸に、「光一の望みを望みを叶える為」に岸に相談を持ちかけ想いを託したのだが、
岸は逆に、「再度光一を説き伏せる為」に、太田の相談にのったフリをしたのだ。
全ては、全責任のある自分がこれ以上大事な存在を失わない為に。

そんな、微妙な二人の思惑の違いであれど、

でも、どちらも彼らを心配しての行動だと思えば、誰も責めることなどできはしない。


岸はだからこそ、心を鬼にして今一度、光一に説得を試みる。

「お前が動いたところで、何ができるというわけでもないだろ?
 今は、とんでもなくタイトなスケが組まれているわけなんだし、
 今日の分をキャンセルしたというのなら、
 明日に備えて、今日はゆっくり休養をとったらどうだ。」
『・・・・・』

光一の心中などわかりきってるはずだろうに、
それでもこんな状況下で、あえて光一にはゆっくり休めと岸は言う。
岸には岸の考えがあって、そういう言い方をしているのだと頭ではわかっていても、
ここにきてとうとう、光一は必死で抑えていた感情が爆発した。

『俺のことはどうでもいい!!
 剛の身にいったい何が起こった!?
 行方不明ってどういう事や!!
 岸さんが付いていながら、なんでこういう事になった!?
 それを俺にちゃんと説明してくれ!!』
「光一…」
『みんなして何を隠してねん…事件なんか?事故なんか!? 
 剛は無事なのか!?

 それくらい俺が知る権利はあるやろ!?」
 
思わず声を荒げて言い放ってしまったが、ふと我へと返った光一は気まずそうに俯いた。

岸は、久々に聞いた彼の怒鳴り声に少なからず驚きはしたが、
それほどに、彼自身もまた切羽詰まっているのだと思うと胸が痛む。
なにより…

 ―岸さんが付いておきながらっ!!―

その言葉が何より心の奥底へと突き刺さる…


 光一が怒るのも無理はない…全ては俺のせいだ…
 しかし。
 自分が命をかけて守ってきたものを、こんなにあっさりと奪われてしまって
 このまま、また、もう一つの大切な存在を目の前で失なわない為には―

 いっそ恨まれてもいい。
 自分のやるべきことはただひとつなのだ。


岸が心の中で大きな覚悟を決めている最中、
光一も小さく呼吸を整えると、今一度確認するかのように岸へと問いかける。

「岸さん…本当はわかってくれてるんやろ?  
 今、俺が望んでいることを…ずっと間近で俺たちを見守ってくれてた岸さんやったら、
 わかってくれてるはずやろ?』
「・・・そうだよ。ずっとお前たちを見守ってきたからこそ、
 光一のとろうとしてる行動なんかも手に取るようにわかってしまうんじゃないか。
 お前達は、互いに何かあるとすぐに自分のことのように抱え込む。
 お前なんかは、輪をかけて剛に対して敏感だから、
 あいつの身に何かがある度に、自分が盾になって守ろうとする。
 自分を顧みないで無茶ばかりする。
 お前はそういう男だと、俺も周りも誰もが知りすぎているからこそ、
 俺たちが変わりに光一を守ろうとしてるんじゃないか!」

そうだった…
いつだって自分のことのように必死になってKinKiの為にがんばってきれくれた彼なのだ。
光一の想いも、剛への想いもわかりすぎるくらいわかってくれている男なのだ。
そんな彼が、それでも頑なに、“この事”から光一を遠避けようとするのは、
そこまでして、“剛”ではなく“光一”を守ろうとする意味はなんなのか?

 もしかして。

 考えたくもない…
 想像したくもないが、

 もしかしたら剛は…もう・・・


光一は、初めて恐怖で体中が震え出した。
小刻みに震える手を窓枠にかけ、視線を流れる景色へと向け
それでも必至に気持ちを落ちつけようとしたその時に…
光一は、岸の本当の思惑を感じ取った。

 この景色はっ! このままでは・・・俺は―

気づいてしまった状況に、いったん息を潜めると、
光一は、窓越しについたその手をきつく握りしめ、自身もまた一つ決心を固める。

最後まで、自分の思うままに。


          
         

 

必ず、きっと剛のもとへー

 

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