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missing you

-5-

 

 

 

 

 

 

 

 



もうすぐ、毎年恒例の長期舞台に加え、それと共に発売するソロアルバムも控え、

朝から晩まで目一杯詰め込まれた分刻みのスケジュールに、
光一はゆっくりと休む暇もない。
 
今日も、プロモ期間にでる雑誌の表紙を飾る撮影が朝から入っており、
いつも通りなんなく撮り終えるとすぐさま次なる仕事場へと移動―
と、なるはずが。
 
 
基本、光一はそれほど凝ったポーズも創った表情をするわけでもないのだが、
今回はいつも以上に表情が硬く、カメラマンから何度も“気楽にいこう”と声がかかる。
 
仕事熱心で、集中力に優れている彼にしては珍しく、
どこか心ココにあらずな雰囲気も漂い、そんないつもの彼らしくない様子に、
周りの関係者たちも少しづつ気が付き始めていた。
 
 
その後、セットチェンジの為一旦休憩に入ると、
光一は眉を顰めたまま周囲の視線をさけるかのように、
スタジオ隅に並べられたパイプ椅子へと歩み寄りそのままドサリと腰を下した。
 
 
「はぁ・・・」
 
そして、今日何回目かの溜息。
 
仕事に集中しきれない自分に対しての溜息なのか、そうでない溜息なのか。
 
 
いつもならスタジオまで持参しない携帯も何故か手放せず、
かと言って衣装に忍ばせるわけにもいかなかったので、
スタジオに入るなり椅子の上へと放り投げて、そのまま撮影に入った光一だった。
 
どこか一点を見つめ、何かを考え込んでいるのかと思えば、
手を伸ばして無造作に置かれた携帯を掴むと、苛立たしげに着信の有無を確認する。
本人は無意識の行動かもしれないが、それを短時間で何度も行う光景は、
正直、かなりの悩み人のようである。
 
そしてまた溜息。
 
 
  なんで俺がこんなに気にしなあかんねんっ!
  全部、つよしのせいやで…
 
 
いやいや。
別に剛のせいってわけでもないのだが。
思わず彼のせいにしたくなる気がかりが光一にはあったのだ。
 
 
それは、一昨日の夜に剛宛に送信した一件のメールが原因で。
 
あれから。
密かに待ち続ける彼からの返信は―
 
 

  いまだにない・・・
 
 
全く…付き合い始めたばかりの恋人同士というわけでもないのに、
どうして一回くらいの返信がこないだけでこんなに気を留めてしまうのかが、
自分自身の事だというのによくわからない。
 
ただ、漠然と不安が押し寄せるのだ。
 
 
だが、気になりつつも仕事に追われ、あれよあれよと時間だけが経つにつれ、
その気がかりも、なにかしらの“理由”があるからでは?という展開にまで
考えがいくところがもう、かなりダメージを受けてる感がある。
 
 
  もしや・・・自分は避けられてる!?
  それとも、またいつの間にか携帯を買い換えていて、

  前のアドレスに送ってしまったメールは、実は届いてない!?
 
 

などと、あらぬ方向まで想像が膨らんでしまい、

さらにひとしきり落ち込む光一だった。
 
しかし、なるほど…
前者はまだしも後者はありえない話でもない。
以前も、“送った”“届いてない”という押し問答を繰り返した事も記憶にある。
 
ならいっそ、マネージャーを通してでも本人に連絡を入れれば一見落着かとも思うのだか、

ここ最近は特にそういう気軽なノリが二人の間ではなくなった分、なんとなく気が重い
 
そんなこんなで、携帯の画面を凝視しつつ

また一つ溜息をついた光一を横目でうかがっていたマネージャーも、

実は密かに溜息をもらしていた。
 
普段なら、こういう素ぶりはめったに見せない光一なだけに、
こんな時こそいろいろ相談にのってあげたいと常日頃から思っていたにも関わらず、
今回の件に関しては、自分から触れるわけにもいかない事情に胸が痛む。
そんな矛盾した自分にほとほと嫌気がさした太田は、
光一から視線をそらすと、そのままそっとスタジオを後にした。
 
 
 
暫しもの思いに耽っていた光一だったが、
いつまでもこんな調子では仕事にも影響がでるし、何より自分らしくない。
今一度気持ちを引き締めるつもりで、
 
「…よしっ!!」
 
両頬を軽くひとたたきして喝を入れると勢いよく立ちあがった。
 
 
  悶々と考えんのやめや。
  また、次の二人の仕事で会った時にでも、あいつの元気な姿見れたらそれでええわ。
 
散々悩んでおいて、でも決めたら一瞬でケリをつけるのが光一らしい。

そして、気持ちを切り替えると、「今のうちにトイレいっとこ」とぽつりと呟いて出て行った。
 
そんな光一の”らしくない”様子が気になって、
密かに彼の一挙手一投足を見守っていたスタッフ達だったが
光一がいなくなったことでやっと、スタジオ内が重苦しい空気から解放されたのは言うまでもない。
 
 
 
 
 

 
その頃。

太田は、スタジオ前の廊下を曲がって少し行った、
自販機のある小さなスペースに置かれたベンチへと座り込み、
携帯に耳をあて小声で熱心に話し込んでいた。
 
「はい…その件についてはわかってるつもりです。
 なるべくその事には触れないように心がけていますし―」
 
と、まだ言い終わらない内に、
相手の声が被さってこちらの意見を遮るという会話が、先ほどから何度となく続き、
一向に話のまとまる気配はない。
ついには、相手の押しつけるような言葉の応酬に太田も嫌気がさして
わざと携帯から耳を離してやった。
 
ここ3日ほど、なんの進展もない上の繰り返されるやり取りに、
正直辟易していた太田は、初めは周りを気にして潜めていた声も、
次第に感情的になりトーンも上がっていく。
 
「だから!何度も言ってますが、
 今のところ光一君の周りでは気になる状況は何も起こっていないですし、
 私もなるべく気をつけて行動をとってるつもりです。
 はい・・・

 はい、それはそうなんですが―でもっ!
 こんな風に隠していられるのも時間の問題ですよね?
 そちらは何か進展でもあるんですか!?
 こちらサイド云々よりも、少しでも早く対処なり解決してもらわないことには、 
 安心して夜も寝れません。
 正直、事務所だけで動くには限界があると思いますし
 僕自身も、一人でどこまで彼を守ってやれるか・・・
 光一君は勘がいいから、彼に関してもすでに何かを感じとってるみたいですし…
 ・・・・・・・
 言ってないですよっ!さっきからそう言ってるじゃないですかっ!
 剛君の事なんか伝えられるはずもないでしょう…
 でも…あんな光一君を、何も言わずに見てるのはもう―
 ―――それはわかってます。
 ・・・・・はい。
 はい…。わかりました。また後ほど連絡します。」
 
わかったようなフリをして、どうにか話しを終わらせると、

太田は思いきり舌打ちをして乱暴に通話を切った。
 
向こうの言い分ももちろんわかるのだが、
それでもあまりに一方的な考えを押しつけらるこちらの身にもなって欲しい。
そこまで言うなら、人数を増やしてくれとも言いたいが、
そんなことをしたら、ますます光一に怪しまれるのも容易に想像できるので、
結局は普段通りに、でも今まで以上に神経を張り詰めて

これ以上、事が重大にならないように踏ん張るしかないのだ。
 
そして結局は、なんの解決策も得られることなく、
自分はまた仕事へとつかなければならない。
そう。
あの光一の前で、何も気取られることなく
この先も振舞い続けなければいけないのだ・・・
 
 
想像しただけでも気が重くなって、背中を丸めると大きく息を吐いた。
そして、何気に腕時計に目を止めてハッとなる。
 
 ―光一君から離れて、かなりの時間が経ってるっ!!―
 
その事に気がついて、慌てて腰をあげる。
今は少しでも彼の傍を離れてはいけないと、今も散々念を押されたばかりだというのに。
太田は椅子の上に放り出した携帯を慌てて拾いポケットに忍ばせると、
急いて廊下へと飛び出した。
 
が・・・
 
そこで、太田の足はぴたりと止まる。
 
 
休憩スペースから廊下へとでて、すぐ左へと曲がろうと足を踏み出したその先に、
思いがけない人物が、壁に背を預けて待ち受けていたのだ。
 
太田は、驚きのあまり思わずその場で凍りつく。
 
 
 
  どうしてここに?
 
  いつからいたの?
 
  どこから聞いてた?
 
 
 
聞きたいことはいくらもあるのに、一つも言葉にならず。
 
それは、目の前に存在する人物も同じことで、
きっと聞きたいことは山ほどあるはずだろうに―
 
今だ、足元から視線を上げようとしない彼の…
自分のよく知るあどけない瞳のその顔が、ただ見たくて…
 
 
思わず彼の名を口にする。
 
 
 
 
 「 光一くん… 」
 
 
 
 
しかし。
その声に反応するかのように上げた光一の表情は、
太田が期待していたものでは決してなく。
 
無表情で、それでいて信じていたものに裏切られたような
ひどく傷ついた眼差しをして…
ゆっくり太田へと向いあったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
          

 

 

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