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missing you

-6-

 

 

 

 

 

 

 

話は少し遡る。
 
 
光一はスタジオをでると、少し先にあるトイレへと向かって廊下を歩きだした。
すると何気に通り過ぎた休憩スペースから、
ふと、ボソボソと小声ではあるが何かを言い争うような話し声が聞こえてきた。
 
普段なら気にすることなくそのまま通り過ぎるのだが、
それが、自分のよく知る声と酷似していることが気になって、
一瞬悩んだ末、ニ、三歩後戻りして声のする方をそっと覗きこむと―
思った通りそこには、廊下側を背にしてベンチの端に座りこみ、
携帯を片手に話し込む太田の姿があったのだ。
 
ちらちらと耳に入る会話から察すると、仕事関連の話なのか…
しかし、どちらかというと温和で冷静な彼が、
言葉尻きつく、何事かを必死に説き伏せてる感が伝わってくる。
 
立ち聞きはよくないと思いつつも、
時おり、「光一君が―」と、自分の名前を口にする彼になぜか引っ掛かって、
光一は、太田から死角にあたる壁際に凭れてさらに耳を欹てた。
やがて、その声も苛立ちからか徐々に声のトーンが上がっていき、
話の内容もさらに鮮明にその耳に届いた時、
 
 
 
  “剛君の事なんか、言えるはずないでしょう!!”
 
 
 
それはほんとに突然で。
まさかの今、彼の口から思いもよらぬ名が飛び出したのだ。
 
 
 
  えっ?・・・つよしっ!?

  言えないって……… ッ!!!
 
 
 
光一は、この時になってやっと当初の違和感に気が付いた。
 
自分はずっと、彼からメールが来ない事を馬鹿みたいに悩み続けていたが、
メールが来ないのではなく送れない状況に―
剛が今、たたされているのだとしたら?
 
もしかしたら自分の知らないところで、
彼の身に何かが起こっているのではないのかと、新たに襲う不安に掻き立てられる。
 
ずっと気になっていたことが…
この不安の正体がなんであるのかを、
やはり―
全ては太田が知っているのかも知れない・・・
 
そう思うと光一は、
彼の会話を聞かなかったことにしてその場を立ち去ることがどうしてもできず、
その場に縫い付けられたように、結局そこから一歩も動くことはなかった。
 
 
 
 
 

 
そして今、太田と光一は奇妙な緊張を伴って向かい合っていた。
 
太田の目にした光一の表情から、そして何よりもこの場所で待ち伏せてる時点で、
彼が自分に何を求めているのかは一目瞭然であった。
この距離で、今しがた携帯越しに話していた内容を聞いてないはずはないのだから…
 
できればきっと、自から話してくれることを望んでいるだろうと
そんな彼の想いをしっかりと感じ取っているにも関わらず、
太田は、全て包み隠さずに光一に説明してやれることができないのだ。
 
まさに窮地に立たされた心境に陥った太田だったが、
ダメ元であろうとも今は光一の心情に気付かないフリをして
あえて普段どおりに彼へ接しようと試みた。
 
 
「な、なんだ…光一君びっくりするじゃないか!
 なに?喉でも渇いたの?だったらメールでもくれたらすぐに買って戻ったのに。
 さっさと飲んだらスタジオに戻ろう、ね?」
 
しかし、話しかけても返事もなく、ただじっと自分を見透かそうとする光一のその眼が怖くて
とにかくスタジオへ連れ戻そうとその手を掴もうとしたが、逆に無言で振り払われる。
そして、とうとう恐れていた言葉が彼の口から放たれた。
 
 
 「なぁ、俺には言えないことって…なに? 太田さん。」
 
 
その瞬間、太田の中で何かが崩れる音が聞こえた。
それは聞かれた内容云々では決してなく、二人きりだというのにあえて他人行儀な呼び方が、
大袈裟かと思われるかもしれないが、太田にとってはとても大きな衝撃だった。
 
光一についてはや3年。
最初の頃は、なかなか心を開いてはくれずに苦労したものだった。
正直、自分自身もそれほどコミュニケーションは得意なほうではない。
それでも、自分に対してどこか一線を引いたぎこちない態度をとり続ける彼を見ていたら、
もっともっと自分に気兼ねなく接してほしいという願望が次第に強くなり、
いつしか、仕事面だけではないことでも何かと彼に話しかけては、
自分から必死で彼との距離を縮めていった。
 
やがてその努力が伝わると、光一もどんどんとうちとけていき、
今では何でも話せてわかりあえる間柄までなれたと思ったのに。
それこそ、やっと、やっとの事で光一の信頼を得て、
そして彼らと共にがんばって行こうと思っていた矢先だった…はずなのに―

 

だが今、目の前に存在する彼の瞳は、出会った時よりもさらに冷たく湛え
そこに、自分のよく知る人懐っこい笑顔はどこにもなく―
 

そう、その呼び名は確実に太田への不信感が芽生えた瞬間だったんだ・・・
 

 

こうなる事はわかってはいた。
遅かれ早かれ、光一に隠し事を持った時点で。
 
光一の視線が、言葉が、自身の胸へと突き刺さりじわりと汗が噴き出した。
そして、とうとう彼を直視できなくて顔を背ける。
 
 
そんな明らかに動揺した素振りを見せつつも黙秘を通す大田に
光一は、今一度言葉を投げかける。
 
 
「俺に、隠してることあるんやろ?」
 
 
しかし、太田は答えない。
 
 
「だったらはっきりと聞かせてもらうわ。剛にいったい何があった?」
 
「・・・・・・・・はぁ…」
 
 
光一の核心をつく問いに、逃げ場を失った太田。
所詮、今の彼から逃れる術などないのだと身を持って実感する。

 

しばしの沈黙のあと大きく息をつくと、覚悟をきめた上で、

それでも突き放すような言葉を発した。
 
 
「光一君、こんなふうにだけは言いたくなかったけど、
 僕は・・・事務所に雇われた人間なんだよ」
 「・・・だから?」
 「だから、喋るなと言われてることは、
 例え光一君であろうとも教えてあげることができないんだ」
 「やっぱり、剛に関して俺には話せない何かがあったんやな…」
 「・・・・・」
 「…わかった。言えないのならそれでもいい。
 オーさんの立場を考えたら、言えへんのは当然のことやと思う。」
 「・・・光一君!?」
 「ごめん…オーさんを責めたかったわけじゃなかった。
 ただ、もし俺の予感が当たって剛に何かあったんだったら
 これ以上知らないままで過ごすことは、俺にはできない。
 偶然とはいえオーさんの会話を聞いてしまった、全ては俺が悪い。
 オーさんには絶対に迷惑をかけへんから―この先は自分でなんとかするから。」
 
 
光一の声を聞きながら、太田は己の愚かさを恥じた。
自分なんかよりも彼のほうがずっともっと大人で、
決して簡単に人を責めるようなことをする人間ではないことぐらい
わかっていたはずだったのに…
 
それにひきかえ、事務所の命令とはいえ
一人悩むその姿を目にしながらも、見て見ぬふりをきめこみ、
すべてを嘘で固めて、しまいには勝手に見限られたと思い込んだ自分。
本当にどうしようもない大バカ者だ。
だが、光一は太田を問いただしたことを素直に詫び、
自分を犠牲にしてでも他人の立場を守ろうとする。

 

そんな光一に、太田は自分のことのように胸を痛める。
 
きっと、このまま隠し続けたとしても、
光一なら全力で剛の情報を得ようとするだろう…
なぜなら、彼にとって剛はもっとも必要で大事な存在なのだから。
 
 
   ―まいったな…君にはもう―
 
 

だったらもう、ふたりに残された最善の道はもはや一つしか残ってはいないのだ。
 
 
 太田は、今一度光一をじっと見据えると。

 

「事務所から“光一にだけは知らせるな”と固く念を押されているのは本当だ。
 でも…僕はもうこれ以上、君に隠し続けることもできそうにない・・・」
「オーさん」
「剛君に関して、君に頑なに隠していたことは―
  実は・・・剛君、一昨日から行方不明のままなんだ。」
「…え?」
「事務所も総出で探してはいるけど、まだ見つかってはいないらしい・・・」
 
 
その言葉に、光一は驚きを隠せず目を見開いて立ち竦む。
 
 
  だれが?
 
  なんて?
 
 
しかし無意識に心が拒絶したのか、太田の伝えた内容が一瞬理解できずに
再度、自身へと言い聞かすように反複する。
 
 
 
  「つよしが…行方・・・不明!?」


 
 
呆然と呟く光一が不憫で、遣りきれない気持に太田は囚われる。
 
 
「そうなんだ…どうしてこんなことになってしまったのか…」
「・・・いつ…から?」
「僕が聞かされたのは一昨日の夕方だった…
 ラジオ収録の時、君に無断で事務所に戻ったのは、その理由で呼び戻されたからだったんだ。」

「一昨日…ラジオ収録・・・」
 
 
光一は思いかえす。

昨日のラジオ収録と言えば、最後まで剛がスタジオに現れなかった日
そのことに何故か胸騒ぎを覚えて、思わず剛へとメールを送った日。
そして…自分を求めて光の向こうへと消えていく剛を、夢でみたあの日―
 
 
 
  こういち・・・
 
 
  呼んでんねん…おまえが―
 
 
  すぐ行くわ… 待ってて・・・
 
 
 
 
「まさか…そんな・・・」
「光一君…」
「あれが、俺へ向けてのメッセージだったんなら―」
「光一君?」
 
 
あの日の夢を見た時にはもう、
剛の身に何事か起こっていたのだとしたしたら、
あの夢は、ある意味“虫の知らせ”だったのかもしれない。
 
だから、彼からの返信がない…それだけのことを、
自分はこんなにも気にとめていたのだったら・・・
 
 
  もっと早く―
 
  もっと早くに気がつけばよかったっ!!
 
 
 
思えばこの3日間、グダグダとつまらないことで悩みながらも、
一つも行動に起こさなかった自分が、あまりにも情けない。
気になったんだったら、どうしてなんとしても連絡を取ろうとしなかったんだろう!
そうすれば、もっと早くにこの状況を知ることができたかもしれないのに!!
 
 
「くそっ!!何やってんねんっ!」
「光一君っ」
「俺は何をやっとんねんっ!!」
「光一君っ!光一君っ!!」
 
 
 
 
  もし・・・
 


  今もどこかで剛が助けを求めているのだとしたら―
 
 
  俺の取るべき行動はただ一つしかない!
 
 
 
  おまえはいま、どこにいるっ!?
 
 
 
 
 「つよしっ!!!!!」


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 Continue…

 

 

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