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何が本当で 何が偽りなのか
 
誰を信じればいいのか 

 

どこに向かえばいいのか
 

何より自分は 

いったい何処へ迷い込んでしまったのか
 
暗闇の中、両手を高く差しのべながら
 
願うことはただ一つ
 

 

朝の光を感じたい 

 

 

この夢から覚める為にも―
 
 

 
 

 
 
 
 
 
 
           

 

 

missing you

-8-


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
突如、マナーモードへと切り替えた携帯が音もなく手の中で振動し、一気に緊張が走った。
 
 
  まさか!?
  光一になんかあった!?
 
 
途端に、思い出したくもない記憶が再び蘇る。
 
急激に鼓動が早まり、微かに震える手で携帯を開いてみたが、
どうやらその知らせは、メールを受信してのものだったようだ。
 
とりあえず一旦緊張を解くと、改めてメールを確認した。
 
 
 
  ― メール受信 1件 ―
 
 
 
  送信者は・・・・・光一!?
 


 
思いもかけない相手からのメールに驚いて、思わず携帯を落としそうになりながらも
慌ててメール内容に目を通すと―
 
 
 
 ”  先ほど 点滴をすませしました。
  心配かけましたが、もう大丈夫だから。”
 
 
光一らしい、至って簡潔でシンプルな文章だ。
 
しかし、簡単ではあれど別れてからずっと気になっていた事なだけに、
ちゃんと自分の言った通りに病院へ寄ったことに、少なからずの感動と安堵をおぼえた。
 
 
          

  よかった。ちゃんと病院いったんやな
 
 
 
ほっと息をつき、さっそく返信メールを送ろうと携帯を持ちなおしたが、
ふと、何故だがもう一度、その声が聞きたくて―
このいつまでも引きずっている不安を、彼自身を感じることで拭い去りたくて。
そう思った次の瞬間にはもう、迷いなく光一の携番を呼び出した。
 
 
電子音が響き、2回コールで相手へと繋がる。
 
すると―
 
 
 
『なんや!?どうした!』
「んっふふ(笑)」
 
 
繋がるなり耳元に響いた声は、ちょっぴり焦ったような、
いつもより少しトーンの高い光一の声に、剛は思わず吹き出す。
かなり驚いたんだろう。
なんとも彼らしい第一声である。
 
 
「なにが“どうした!”やねん(笑)」
『いや、だってびっくりするやん!メール送った途端、お前からかかってくるもんやから』
「暇やってんもん」
『暇って(笑) 仕事中や思ったからメールにしたのに』
「まぁ、もうそろそろ声はかかるとは思うけど―今、どこにおんねん?」
『あぁ、今、病院出てタクシーで向かってるとこ』
「タクシー?」
『点滴に時間かかったから、オーさんには先に行ってもうたし』
「もう大丈夫なんか?」
『心配かけて悪かったな。もう大丈夫やで。やっぱ点滴パワーはすごいなぁ♪
 めっちゃ体が楽になったわ』
「・・・・・」
 
 
確かに聞こえてくる光一の声には張りがあり、
ほんとに回復したかのような雰囲気が伝わってくる。
裏を返せば、朝から貧血を起こしていたにも関わらず、半日以上
無理を押して仕事をしていたという事だ。
 
剛は、複雑ながらも光一の様子に気がついてやれたのは、
あのリアルすぎる夢のおかげかも・・・と感じずにはいられない。
もしも気づいてやれなかったらそれこそ!
我慢の限界を超えた彼の身に、あの夢のような出来事が起きても不思議ではなかっただろう。
そう思うと、つくづく元気になってよかった―と、
その声を聞きながらほっと胸をなでおろした剛だったが

 

「横になってる間、爆睡してもうたで(笑)

 看護婦さんに起こされて、めっちゃ恥ずかしかったわ~」

 

と、当の本人はなんとも能天気すぎて、今度はため息が漏れる。
 
「ほんま、光一さんたのんますよ…」
『だから~今回はちゃんと剛の言うとおり行動したやろ』
「当たり前やろっ! っていうかそういう健康管理は

 人に言われるより先に、薬飲むなり病院いくなりしてくださいよ」
『薬には頼りたくないし。』
「はぁ・・・なぁ、それって薬嫌いなだけやん。“不死身の王子”の名が泣くで?」
『なんやねん、そんなん言われたことないわ(笑)』
 
 剛は、小さく笑う光一の声を聞きがら、

何故だがふいに切なさが込み上げてきた。
 
 
光一とは、人生の半分以上を一緒に過ごしてきた。
家族よりも長い年月を共にしてきた唯一の人間であるということに、
血の繋がりよりも深い何かを感じていた剛は、
この先もずっと、当り前のように一緒にいれるものだと思っていた。
例え、それぞれに新しい家族を持ったとしても、
それでも2人の距離は変わることなく、ずっと共にあるものなんだと―
 
そう思っていたのに・・・
 
 
でも。
あまりにリアルな、彼が“いなくなる”という世界を垣間見て、
今までの“当たり前”が、全て否定された事で、こんなにも脆い自分を知ってしまった。
 
 
剛は、今も携帯の向こうで笑っているだろう光一へと向かって
 
 
 「もう…どこへもいくなや」
 
 
そう、心で呟く。
 
 
 
 ―おれを一人置いていかんとってや―
 
 


 すると。



『つよし?どうした?急に。』
「あっ、いや」
『俺が何処行くっちゅうねん。』
「…え? な、なんで!?」
『え!? 今、そう言わんかったか?お前っ』
「・・・口に出してた?俺?」
『…お前なぁ~そうやっ!人の事よりも、お前の方が心配やっちゅうねんっ!
 ほんま、大丈夫か?お前こそ、ちゃんと病院いっとけよ!
 ゆってることさっきからトンチンカンなことばっかやぞっ。』
「そ、そ~やんなぁ?
 自分でもそれはすごい感じてる…さっさと仕事切り上げて、今日ははよ寝るわ」
『つよし。』
「寝て、起きて、新しい朝が始まったらきっと、俺もこの夢からちゃんと覚めそうな気がする」
 
自分に言い聞かすように呟いてみる剛に、何故だか光一は…
 
『・・・つよし』
「ん?」
『・・・あんな』
 
 
少し声を潜めるように、光一が何かを伝えようとしたその時、
剛の後ろ側の扉が開きスタッフからの声がかかった。
 
「剛さん、用意ができましたのでよろしくお願いします!」
「あ、はいっすぐ行きます! あ、悪い!なんて?」
『あ…いや、呼ばれてんやろ。はよ行ってこい』
 
この時、剛はまたしてもあのどこか思いつめた光一の顔を思い出し、
そのまま携帯を切ろうとする彼をとっさに呼び止める。
 
「まてや光一!なんやねん? お前今、何をいおうとしたん!?」
 
しかし・・・
 
『なんもないって。ほらスタッフ待たしたらあかんやろ。

 さっさと行ってこい。 じゃあなっ』
「光一! 光一!!」
 
 
 
  プーップーップーッ・・・・・
 
 
 
「くそっ!! 切りおった…なんでやねんっ」
 
携帯を凝視しながらも、もう一度かけてようと番号を呼び出した時に、
勢いよく入ってきたマネージャーが、
 
「剛、どうかしたのか? みんなが待っててくれてるんだから早く!!」
 
そう言って急き立てて、そのままスタジオへと連行する。
 
仕事だと割り切って気持ちを切り替えなければいけないはずなのに、
再び襲う不安に剛の心は支配された。
 
 
自分たちの身に一体何が起こっているのだろうか…
だが、その答えを教えてくれるものは何処にもいないのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やがて夜も静まる頃、最後の仕事を終えた剛は、思考能力も働かないほどに疲れ果てていた。
なんだかもう、何も考えたくなくて、
ただ少しでも早く家に帰って眠ることで、元通りの“朝”を迎えたかった。
 
明日になればきっと、またいつもの平穏な日常がやってくるはず。
そして、全てが“夢”だったんだと、今度こそ納得できるはず。
 
だからこそ、この先はもう何も考えることなく今日という日を終わらせたい。
それだけを、ただただ願うだけなのに―
 
 
しかし―
その願いさえも叶うことなはく・・・
 
 
 
「剛っ!すぐに荷物を持ったら下に降りてきてくれ!車を廻しておくからっ」
 
帰る準備をするために控室まで戻ってきた剛は
ドアへと手をかける寸でのところで呼び止められ振り返ると、
すれ違いざまに声をかけてきた岸の後ろ姿だけが見えた。
殆ど考えることを拒否する頭でもこれだけはわかったことがある。
 

 

これは 決して夢ではないという事
  

そして たぶん現実でもない・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人気のない建物の駐車場に、一台の車が滑り込む。
 
ずっと窓の外に視線を向けていた剛は、車を降りる寸前にふと時計に目をやった。
時刻は23時17分を示していた。
 
 
 あと、43分で明日・・・
 
 
 
「なんか言ったか?」
剛が何かを言ったような気がしたので、岸はそう問うたが返事はなく。
視線を合わさない彼の胸中を思いながらも、急ぐ先に一歩を踏み出した。
 
 
ここまでの道中、岸はなんと言って剛に伝えるか、
自分自身も気が動転してて、まともに言葉が紡げなかった。
すると、二人の間の張りつめた緊張感を察してか、剛の方から声をかけてきたのだ。
 
 ″岸さん、光一になんかあったんか…″
 ″つよし…″
 ″稽古中に、どんくさい事したんやろ、あいつ…″
 ″違うんだよ″
 ″え?″
 ″光一の乗ったタクシーが事故に巻き込まれて―″
 
剛の大きな瞳がさらに見開かれ、言葉を失いつつも
だが、以外にも冷静に岸の言葉を素直に受け止めた。
もっと取り乱すか、泣き喚くかするだろうと思い込んでいた岸は、
頑なに表情を変えない彼に、余計に言いようのない悲しみを感じた。
 
 
それ以降、車を降りてからも互いに一言も声を発することなく、
岸が案内するよりも早く剛は目指す場所へと歩き出す。
 
なぜなら―
 
もちろん剛は知っているからだ。
 
 
あの時と同じ病院。
あの時と同じ病室。
 
記憶に新しいこの薄暗い廊下を歩きながら、剛は今一度、自身へと問いかける。
 
 
 自分は何処へ向かっているのだろう…
 そして、
 この先に待ち受けるものは何なのか…
 
 
長い廊下を通って2階に上がると、予想外に人気のない病室前で剛は足を止めた。
唇を噛みしめて、じっと扉の前に立ち尽くす剛。
岸は、そっと病室の扉を開けると、無言で彼を中へと通してやった。
 
 そこには―
 
 
 
 確かに光一が・・・・・いた
 
 
 
剛はゆっくりとベットに近づく。
 
交通事故だと聞いた時から、最悪の状況も覚悟をしていたが、
ベットに横たわる光一は、さっき会った時と何ら変わることなく綺麗な姿のままで。
 
 

「こぉいち 寝てるん?」
 
 
そう問いかけてしまうほどに、安らかな寝顔のようでー
 
 
 
暫く、その顔を見下していた剛だったが、
ふと、壁に立てかけられたパイプ椅子を見つけるとベット横へと運び、

そのまま静かに腰掛ける。
 
そして、右手を光一の眠る布団に忍び込ませ、
彼の右手を引き寄せると、自分の両手でそっと包み込む。

 

それまで無表情に近い剛ではあったが、

ふっと表情を崩すと、囁くように話かけた。
 
 
 
 なぁ…光一、教えてくれ・・・
 俺はいったいどこに迷い込んでもうたんやろう。
 
 夢やと思いたいのに、こんなにもお前を感じんねん
 夢やと思いたかったのに…
 
 俺は、お前を助けてやることはできひんのかな?
 どんなにがんばっても運命って変えられへんのかな。
 
 なぁ…どうしたらいい?
 お前を失わずにすむにはどうしたら…
 
 こういち…教えてや…
 もう一度…声 聞かせ・・・
 
 
 
最後の方はもう声にはならなかった。
 
両手に伝わる光一の手のあまりの冷たさに剛は悲しみを堪えきれなくなってしまったのだ。
 
静まりかえる病室に聞こえるのは
いつの間に降りだしたのだろう雨音と、そして剛の嗚咽。
 
 
ただ…窓を打つ雨音だけが、時間の流れを教えてくれた。
 
 
 
 
暫くして、ふと顔をあげた剛は、何かを決意したかのように前方を見据え、
自分の中で刻んでいた時間を小さく復唱したあと、
 
      
 出来るなら もう一度あの時間へ
 そして今度こそ 全てを終わらせる為に
 
 
最後にそう願う。
 
 
すると―
 
突然光った閃光とその直後に鳴り響いた稲妻の轟音が

一瞬にして時間を飲み込み全てをかき消していく。
 
そしてまた…
 
 
 
 
 
 時計の針が0時を刻むことなく
 
 剛の想いと共に 繰り返される
 
 
 
 
 今日という日が―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 


        

Continue

 

 

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