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  「二人は、事務所に入って何をしてたの?」

  「土日には、レッスンしに東京にきて―」

  「じゃあ。二人仲良く手繋いで奈良から来てたの?」


そんな風に聞く高見沢さんに、二人して笑って否定してみたけれど…
その後、少し反省した出来事を思い出した。

それは・・・


収録後、スタジオからでようとした光一に、後を追ってきた剛が
「光一、これ、お前落としたぞ」
そう言って徐に光一の右手を掴むと、その掌にギターのピックを乗せる。

その時、剛の手から伝わったかすかな体温によって
何故だかほんとに突然に、光一の脳裏に懐かしい記憶が蘇った。






 

 


Promise   

 










いつもと同じ時間、いつもと同じ場所で、
毎週末、剛と待ち合わせするようになってから、もう一年近くになろうとする。

土日はいつも、京都駅から二人、新幹線に乗って東京へとレッスンに通う日々。

正直、まだまだ友達と遊びたい盛りの年頃に、しかし決められた週末の時間は

移動とレッスンに費やされ、時には二人して愚痴をこぼすこともあったけど、
それでも、欠かすことなく今まで続けてこれたのも、
剛という、共通の夢を語り合える存在がいたからだと、光一は思う…

そして今日も。

いつもと変わる事なく待ち合わせ場所の改札前までやってきた光一は、
そこにいるはずの剛の姿を探す。
当たり前すぎるほどに、繰り返された二人の週末は
いつの間にか当り前のように繰り返された、二人の挨拶から始まる。

「よっ!おはよっ光ちゃん!今日もピッタリやな♪」
「うん。おはよ、剛」

光一より少し早くに着く剛は、いつもこうやって光一を待っていた。

光一が自分を探さなくていいように、かなり目立つカッコをして、
ヒトゴミの中から光一を見つけたら、一目散に駆け寄ってきて
いつだって剛から先に、声をかけてきた―はずなのに…

今日に限って、剛の姿はどこにもない・・・

   あれ?おらへん?…珍しいなぁ 

ポツリと呟いてみて、自身の腕時計を確認すると、待ち合わせ時刻まではまだ5分ほどある。
約束の時間を超えたわけでもないのだし、さして気にすることもなかったが、
これまで一度だって、光一よりも遅れてくることのなかった剛なだけに、
“何かあったんかな…”と、小さな不安がよぎる。

それでも光一は、待ち合わせの場所を動くことなく
人の流れの中から剛が現れるのをただひたすらに待ち続けた。

それから待つこと15分。

普段の自分たちなら等に出逢って、並んで改札をくぐりホームへと向かい、
新幹線に乗り込むまでの間、他愛のない話で盛り上がってるはずなのに―


剛はまだ来ない。


新幹線の時間までは30分弱あるのだが、先ほどよりもさらに不安の増した光一は、
大げさではあるのだが、一つの決断に迫られていた。

実は、一年近くも通いなれた駅の構内であるにも関わらず、
自分の通ってきた通路しか頭に入っておらず、
まったくと言っていいほど土地勘のない光一である。

その上、方向音痴という性格も相まって、
できるなら、この広い構内を動き回りたくはなかった。

なかったのだが・・・



  一度、剛の家に連絡を入れてみようか…



剛よりも距離のある光一の実家は、だから彼よりもいつも早めに家をでている。
もし急遽何かあったとして剛が家にかけてきても、自分に連絡を入れる術はないはず…

だったらこちらから連絡いれた方が、何かわかるかも知れない。

遅れることのなかった剛だからこそ、光一の不安はぬぐい去る事はできず、
公衆電話を探しにいこうとようやく決心した。

ただ、ここを離れることで、後から来た剛と行き違いにならないかという心配もあったが。

それでもやっぱり気になりだしたらいても立ってもおられず
辺りを見回しながら、公衆電話がないかを探してみるも、残念ながら近くにはないようだ。

しょうがないので、少し先を歩きながら回りを探る。
早くしないと新幹線の時間もある。
徐々に気持ちが急いて小走りになると、いっそ人に聞いた方が早いと判断し、
丁度斜め向かいにあった売店の人に、電話の位置を聞いてみた。

「あぁ、それならこの通路を、もう少し行った先を右に曲がった先の左手にあるわよ」

丁寧に教えてくれたおばさんに、礼を言うと、
光一は聞いた通りの道を駆け抜け、やっとのことで見つけた公衆電話に飛びつくと、
迷うことなく剛の家の電話番号を押した。


「・・・もしもしっ、あ、おはようございます、光一です」
「あ!光一君、ごめんなさいっ!剛とはまだ会えてへんの?」
「はい・・・剛に何かあったんですか?」
「そうなの―」
「えっ?」

剛の母親からそう返ってきた瞬間に、光一の心臓は小さく跳ねる。
しかし、次に続く言葉は―

「あの子の乗るはずだった電車が、事故にあったみたいでかなり遅れたみたい。」
「あ…そうですか。」
「“光一待ってるわ…”って、本人もすごく気にしてたんやけど―
 たぶんもう、着くころやと思うから、もう少しだけ待っててあげてくれる?」
「はいっ!わかりました。」
「ごめんね、ほんと。気をつけていってきてね!」
「はい、ありがとうございます」

そう言って電話越しに頭を下げながら、受話器を置いた光一は、
やっぱりすれ違いになったかも…と、動いてしまった事をすでに後悔しつつ、

すぐさま改札前へ戻ろうとして、踵を返したところでふと気が付く。


  あれ?俺、どっから来たっけ…


案の上迷ったらしい…

最悪の展開に、冷汗を感じつつ、それでもこんなところでいつまでも立ち止まっていても
一向に剛に会えることはない!
光一は、とりあえず来た道を思い出しながら走りぬける。

知らない街…

知らない路…

知らない顔…


そして孤独な今―


こんなにも一人って寂しかったっけ。

こんなにも一人って不安やったっけ。


あまりにも知らないものだらけで、
自分だけが、このままずっと取り残されてしまいそうで…

誰か気付いてくれないかな。

誰でもいい…

誰か…


     ――― 剛っっ!!!



思わず、心の中でそう叫んだその時―




   「こういちっ!! 光ちゃんっ!!!」




真後ろから呼ばれたその声に慌てて振りむくと、
ヒトの波から飛び出してきた剛が、泣きそうに顔を歪めて走り寄ってきた。

「剛…」
「光ちゃん…ハァハァ・・・ごめんなっ、おそうなって!」

なにも謝る必要などないはずなのに、それでも辛そうに頭をさげる剛。
きっと、遅れてきた待ち合わせ場所にいない光一を心配して、探しまわったのだろう。
自分だけが、不安な想いをしていたわけではなかったのだと、
そんな剛をみていて改めて思う光一だった。

「いつも乗る電車が20分も遅れてもうて…どうしようか思った。
 んで、着いてみたら光ちゃんおらんし、もしかしたら心配してくれて
 電話かけに行ったんかおもて、駅員さんに聞いてん。
 だから…ほんまよかった、会えて―」

「・・・うん」


    よかった…剛に会えて・・・


「光ちゃんのことやから、道に迷ってんのちゃうかって心配してんで?」
「大きなお世話やっ」
「んふふ。…あ、新幹線の時間、やばいわっ!」
「ほんまやっ!!」

ゆっくりと話してる場合ではなかったと、二人見合わせて笑った時、
剛は、突然右手を差し出して、こう言った。

「光ちゃん…手っ」
「え?」
「ほら、手!」

なんのことだ?と呆ける光一に焦れた剛は、自ら光一の左手をガシっと掴むと、
「走んでぇ~!」といたずらっ子の目をして笑いかけた。
そんな剛につられて、光一も満面の笑みを返すと、今度こそ二人、
固く手をつないだまま、人ごみをかき分けてホームへと向かう。

君に会えた。

それが今、こんなにも嬉しい…


これからもずっと、この気持ちは変わる事なく、何度でも、君に出会うんやろな。

何度でも。

何度でも―


この手を離さぬ限り・・・










「今頃思い出した…」
「ん?何が?」
「…いや、こっちの話」
「ふ~ん」

思わず声に出したことで、前を歩く剛が振り返りつつ聞いてきたが、
素知らぬ顔で、話を誤魔化す。

あまりにも懐かしすぎて、ほんとに今の今まで自身も忘れていた記憶だったから。

しかし、きっと剛のことだから、
光一よりも鮮明に、この時のことを覚えているかもしれない…
そう思うと気恥かしくなって、余計にこの話はできないと思った光一だった。

   高見沢さんに、思いきり否定しておいて、めっちゃ手繋いだやん…

   さすがに奈良からではないけど(笑)


いっそ、あの瞬間に思い出さなかっただけよかったと、つくづく思う光一であった。
そうでないと、ああもしっかり否定はできなかったかも…
まぁ、アルフィーが手を繋いでお店に行くくらいだから、どぉってことのない話なんだが。

それにしても、あまりにも懐かしい記憶に、
当時の感情までが、思い起こされる…

   可愛かったなぁ~あの頃の俺…(笑)

なんて思ってみたり。

気が付くと二人はエレベーターの前に来てて、そのまま無言で乗り込む。
光一は、一人ぼんやりと自分の世界に浸りつつ、
ふと自分の右手を見つめると、なにを思ったのか―

「つよし…」
「ん?」
「手…」

そう言って、自分の右手を剛へとさし出した。

「は?」
「ほらっ、手っ!」

掌を上にして、催促する光一を不思議に思いながらも、
それでも剛は、いともあっさりとその手を握り返してきた。

「ふふ(笑)お前、なんで“手”ゆうただけで、しっかり握り返しとんねん」
「え?そういう意味やったんちゃうの?」
「どうゆう意味や(笑)」
「だから、手繋ごって意味やろ」
「なんでやねんっ!!」

いや、まさしくそういう意味の“手”だったにも関わらず、
あまりに素直に握り返してきた剛に、光一は少々照れてしまう。
そんな天邪鬼な光一の意思表示に、少しムッときた剛は、
「・・じゃぁ、お前こそ離せや」と、握ってた手を自ら解いてみせるも―
肝心の光一は、握ったその手を離すことなく 「いや」と否定してみたり。

「…わけわからんっ!」
「うひゃひゃ」
「…んふふ」

訳がわからないながらも、手を繋ぎながら笑い合う二人。
エレベーターの中で、大の大人が二人、ニコニコ笑いながら手を繋いでる姿は、
はたからみたらとても滑稽かもしれないけど、
それでも、今の二人はどこか子供のようなあどけなさを纏っていて
幼ささえ感じてしまう。

剛と手を繋いでレッスンに通ったあの頃から、どれほどの月日が経とうとも、
俺たちは何も変わらない…

光一はそう思う。


   明日会う約束などなくても、二人は出逢う

   君と共に生きるために、出逢ったのだから

   出逢うために生れてきたのだから、きっと…


「つよし… 礼ゆうの忘れてた、ありがとうな」
「ん?」
「これ」
「あぁ、うん。落とすなや」
「ん…」



             そして―




    ・・・俺を見つけてくれて…ありがとう、剛。





              

fin

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