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「7月の空」

 



 


 





夜中から始まった、とある二人一緒の仕事での打ち合わせが一段落したのは

もう朝陽が顔を出すかという頃。

最後まで話し合いに加わっていた俺が、ふと剛がいないことに気がついたのは、
周りが一人二人と抜けていった十数分後だった。
今後の更なる細かな打ち合わせはまた日を追ってと一区切りついて、
俺も挨拶をかわすと部屋を後にする。

すると、向かいから買い物にでていたらしいスタッフが、
何故か傘を手にしてやってきたので、

「雨降ってんの?」


と、思わす声をかけた。

「あ、光一さんお疲れ様です。そうなんですよ。
 パラパラって感じですが一応コンビニで傘を買ってきてしまいました」
「ふぅん」
「あの、コーヒーとかサンドイッチとかいろいろ買ってきたんですがどれにします?」

休憩を挟まずに続いた話合いに、気を使っていろいろ買い込んできたのだろう。
袋の中身を差し出してくれたスタッフに「ありがとう」と伝えつつも

それは丁寧に断って、
変わりに彼の手にある傘を譲って貰った。


昨日、俺がここへとやってきた時も、最初、剛の姿は何処にもなくて、
その後ギリギリになってふらりと現れたあいつ。

「遅かったな、今まで仕事やったんか?」

と、問いかけてみると、

「いや、結構はよぉにここに着いてたで。」
「・・・どこにおったん」
「ん?、三階にあるテラス」
「なんや、そっか」
「うん」

そこでスタッフから声がかかったので、それ以上会話をすることはなかったが。

元々俺たちは、どこでどうお互いが時間を潰そうが気にかける事もなかったし、
別段変わった様子もなく順調に意見をだしあって話し合いは進んでいったので、
今の今まですっかりとその事も忘れていた。

 

だけど、いままた剛がいない事に気づいた俺はなんとなく
あいつはまたそこにいるんじゃないのかと漠然と感じ

エレベーターに乗り込むと迷わず3階のボタンを押したのだ。

やがて。

ゆっくりと歩いていった先の硝子扉の向こうに広がるテラスに、


・・・剛はいた。



空はすでにほの明るく、サラサラと霧のようにけむる雨の中で、
案の定傘もささずにあいつはずっと空を見上げていた

声をかけようか。
いや、一人でいたいのならいっそ見なかった事にして立ち去ろうかとも思ったが、
雨の音に混じって聴こえてきた小さな歌声に、

俺は思わず足を止める

それは、聞いたことのあるかなり懐かしい彼の持ち歌で、
いつしか俺はそのメロディに聞き入っていて
気が付けば、背後からそっと傘を差し出していた。

すると、俺に気付いた剛は何故か微笑みながら湿った髪をかきあげて、
「みてみ」と空向こうを指差した。


まさに今、ビルとビルとの合間から覗かせるように太陽が登り始める。
うす雲が雨を降らせる中、

それでもオレンジの光は負けじと朝空を染め上げるその美しさに
つい見惚れてしまう。


「眠気も吹き飛ぶくらいきれいやろ」
「そうやな」
「俺な、これと同じ光景みたなぁって思いだしとって」
「うん」
「日本ちゃうねんけどな」
「そうなん?」
「デビュー日覚えてるか?俺、日本おらんかったやん」
「あぁそうやったな」
「なんかあの日さ、無性に寝付かれへんかってさ」
「うん」
「俺一人、こんなとこおってええんやろかって…」
「ゆってたなぁお前」
「うん。そう思ったらなんかいてもたってもおれんくなって
 泊ってたホテルのベット抜け出して窓から日本へと広がる空、見上げたんや」

その時、目の前に広がったそれは奇しくも今と同じ景色で、
パラパラと雨の降りそそぐ朝焼けだったと剛は振り返る。

当時、日本以上に蒸し暑い気候に身も心も悲鳴をあげて
何度も日本に帰りたいと思ったと言う剛。

何より、これからデビューして二人で頑張っていくんだという時に、
いくら仕事とはいえ、一人離れて過ごす毎日がたまらなく寂しくて、



「お前にもめっちゃ逢いたくなった。」



と、ほんの少し照れたように笑った。

でも、オレンジに染まる朝焼けの空を見上げていたら、
この空が日本にまで繋がっているんだって思うとなんだか心も落ち着いて、
後少し、乗り切るパワーを貰ったような気がしたと、懐かしそうに呟いた。


「なぁ光一」
「ん?」
「今の俺たちはあの頃とは違って、
 それぞれがやろうとしていることも、目指すビジョンも明確に変わってきて、
 お互い、こうやって顔を合わす仕事もほんまに減ってもうたけど…」
「・・・」
「俺はさ。」
「うん」
「一人を望んだわけやない」
「・・・」
「お前と…」

その冷えた手が伸びて俺の頬に触れる。


「本当は光一と」


 俺と・・・なに?


だが、急に口を噤んだ剛は小さな小さな吐息を漏らすと、
頬から離した手で俺の持っていた傘を奪い取って、逆に俺の方へと差し出した。

「あほやな。お前が濡れとるやん。」

そう言われて振り返れば、剛が濡れないようにと差し出していた傘から
完璧に自分がはみ出していることに今さら気が付いた。

剛は、少しだけ呆れたように苦笑し、

「いつまでもこんなとこいたら2人とも風邪ひいてまうな、いこか」

そう言って、背中を押された時。



「俺やって一人を望んだわけやない」



真正面に剛を見据えて、俺もそう言葉にした。



・・・わかってる。

それは決して二人が望んだことではない。
でも、年月を重ねる毎に俺たちは確実にそれぞれの描く世界が色濃くなった。

二人でやりたい事だってまだまだたくさんある。
しかし、それ以上に求められるものはそれぞれが手掛けた仕事だった。



 ―お前とこれからもずっと一緒にやっていく―



いつだったか、真面目な面持ちでそう言葉にしてくれた剛。

それはもちろん俺もおんなじ想いで
ずっとこいつと一緒にやっていけたならどんなに幸せだろうって。

そんな小さな幸せを願う自分もいる。


例えば単身赴任で家族の元を離れても、

家族を支え、守り抜いてくれた自分の父親のように―
俺もまた、与えられるどんな仕事にも全力でやり遂げることで、
俺たちのホームを守りしっかりと背負っていたいのだ。

そんな風に思う俺を、剛は勝手やって怒るやろか?

なぁ・・・

誰よりも剛との繋がりを絶ちたくないって思ってるのは俺やって、



・・・お前は気付いている?





  ―本当は光一と―



その続きを聴きたい気もしたが、きっと最後まで言葉にしないお前の、
それが俺への優しさやって知っている。

俺たちはずっと、
そうやって互いを意識しあって気遣いあってやってきたから。

大丈夫、言葉にしなくても伝わるから。






「雨、やんだな。」
「ほんまや」
「・・・そろそろ帰りますか」
「うん」


気がつけば、二人ともしっとりと濡れそぼっていて、
傘の意味がなかったな。と、小さく笑いあい…
そして俺たちは肩を並べて歩き出す。

それはきっと、生まれた時から決められていた道だけど。

これからも、お前と歩いていく道だと思うから、
俺たちはこの先何があろうとも、迷わずに2人であり続けたい。


それは、


剛もおんなじ想いやって




  ・・・俺は信じてる。





       Fin

 

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