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missing you

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天気の移ろいやすいこの時期。

暫く雨模様が続いていたのだが、この日は思わぬ晴れ間が覗いて
屋内でと決められていた撮影を、急きょコンセプトに添った屋外撮りに変更となった。

そしてやって来たのはとある都内の公園。

スタッフが機材やらを運び込みセッティングしている中、
本日の主役はベンチに座り、
傍らでマネージャーの口早な説明を黙々と聞いていた。



「―というスケジュールの流れだから、この撮影が終わったら、
 すぐにスタジオに逆戻りしてもらうよ。急かせて悪いけど…」
「わかってるって。ほんまヒト使い荒いマネージャーさんやわぁ」
「それは―、出来ればもう少し余裕のある組み方してやりたかったんだが。」
「はいはい。それもよ~くわかっとるって。
 岸さんにはいつも気にかけてもらって、感謝してるで?ほんま。」
「・・・悪いな、剛。」


剛と共に忙しいのはマネージャーも同様である。

昨日の予報では、雨の確率が高いとされていて
朝はいつ降ってもおかしくない雲で覆われていた空だったが、ふいに晴れ間が覗いたのだ。
なので、もともと屋外での撮影予定だったのが天候に左右され、
変更に次ぐ変更で、余計な手間をとってしまった。

そんな時間とスケジュールに追われたマネージャーからの
ピリピリとした雰囲気を敏感に感じとるも、

  気ばかり焦ってもしょうがないで?

とでもいうように、剛はあえてのんびり口調でおどけてみせた。
すると、そんな彼なりの気遣いが伝わったのか、
岸も大きく一呼吸おいて、何気に苛立ちを表に出していたことを感じとり、素直に詫びる。
そして、あらためて剛の顔をマジマジと見つめた。


以前なら、時間に追われ余裕がなくなって根をあげてたのは彼の方だったはずなのに。


剛は変った…
安心してみていられる程にほんとに落ち着いた。


今のように逆に心情を読んで宥める側になろうとは、その時の自分には想像だにできなかっただろう。
しかし今となったら、いっそ自分の方が感情をさらけ出している時の方が多いかもしれない…
複雑に思いながらも、それでも余裕をもった剛の成長が何より嬉しくて
同時にふっと気が緩む。


「どうしたん?」

突然黙りこんだ岸を不思議に思って声をかけてきた剛だが
「いやいや!」と慌ててかぶりをふる姿に、別段気にすることもなくそのまま話しかける。


「次の仕事って、ラジオ収録やんな?」
「あぁ、そうだよ。今日はあっちの都合もついたから久々の二人撮りだよね」
「あ~そっかぁ」
「だから時間を合わせたいところなんだけど…ん~急きょ場所を変えたから時間押してるしなぁ。
 ちょっと、もう一度確認してくるよ」
「はいは~い」 


言った早々、一目散にスタッフの元へと駈けてゆく岸の後ろ姿を見送りながら、
あぁ、だからか・・・と、合点がいった剛である。

次が光一との仕事だから、特に気にかけてくれてたんだと、
先ほどからの彼の苛立ちの原因に納得する。
岸は、KinKiとして頑張ってきた二人をずっと見守ってきた人間だから、
今も、二人の仕事への想いは人一倍で、二人揃っての仕事を自分のことのように喜ぶのだ。

あの様子だと、なにがなんでもキッチリと時間を合わせてきそうだと思い、
剛はひっそりと笑った。



「久々の青空やなぁ~」

一人ベンチに残された剛は、ふと空を見上げてその蒼さに見入った。

突然訪れた一人きりの時間。
穏やかな一時・・・

そのまま大きく伸びをして深呼吸すると、
今までまともに視界に入ってなかった周りの景色が、フッと飛び込んでくる。
広さといい雰囲気といい、散歩にはなかなか感じのいい公園内を何気に見渡すと、
視線の先には小洒落たレンガ作りの建物が見えた。

どうやら公衆トイレらしい。

剛は一瞬考えこんで、チラリとスタッフ陣へと視線を移すも
いまだセッティングに手間取っているようだ。
    
  こっちに声がかかるのは、もう少し先になりそうやな…
  今のうちにトイレにでもいっとこうか。

マネも傍にいないことだし、そう一人で判断するとさらに歩き出した。



ここのところ、スタジオからスタジオの行ったり来たりで、
こうやって外気をゆっくり吸うことも、陽の光を感じることも、
鼻歌交じりで歩く事さえも久方ぶりのように思える。

剛は、ほんの少しの忙しない時間から解放されると
辺りの優しい彩を瞳に映し、穏やかな風の囁きに耳を傾けた。

こういう他愛もない自然との交流が、時に安らぎを与えれくれるのだ。

僅かな距離の散歩の時間を、それでも有意義に楽しんでいるも
ほどなくして、目当ての場所へと辿りつく。
再度、後ろを振り返りスタッフの動きに注目するが、別段状況も変わってないようだし、
もし自分がいないことに気がついたとしても、

マネージャーがすぐに携帯にかけてくるだろうと察して、剛は歩みを進めた―のだが。


  なんや?



ふと・・・


誰かしらの視線を感じたような妙な違和感を感じて、思わず辺りを見回した。
こういう業界で仕事をしている以上、いちいち人の視線など気にしてなんかいられないのだが、

でも、何かが違う。
そういう好奇な目とはまた違う何かが・・・こっちを見ている気がする。


  いったい、誰や!?


そうなるともういてもたってもおれず、

剛は、辺り全体に神経を研ぎ澄まして視線を巡らした。

すると、今し方通った時には気がつかなかった鏡が、突然、目に飛び込んだ。
    
  え?・・・鏡?

しかし、見たところなんの変哲もない壁に掛けられた普通の鏡だ。
当たり前だが覗きこんでももちろん自分の顔が映るだけ。

不思議に思いながらも、得体のしれない視線の正体を見つけるべく、再度辺りを伺う。
しかし、その時にはもう、先ほど感じた違和感も何も奇麗に消え失せてしまっていて。

  なんやったんやろ。

首を捻りつつも、それ以上詮索するのも面倒なので“自分の思い違い”と言い聞かせ、
ついでというようにその鏡を見ながらチョイチョイと手櫛で前髪を整える。
そしてさっさとトイレを済ませてしまおうと、

鏡から視線を外そうとしたまさにその時、信じられないものが目の前に映しだされたのだ!

 

それは―
     
             

  光一!?




そう。
今の今まで普通に自分を映しだしていたはずの鏡の中に、
何故だかいるはずのない、見慣れた相方の姿がそこにあったのだ。

まさかっ!?と思い反射的に自分の後ろを振り返るが、
もちろん、そこに光一がいるはずもなく・・・
しかし、恐る恐る今一度正面へと視線を戻すもそこにはやはり光一が存在していて、
あまりの驚きに言葉を失う。


  なんや!?これはっ!!
  なんかのトリック!?
  それとも、今さらのドッキリかなんかか!?


こういう業界で過去に何度となく驚かされている剛にとって、
普通ならあり得ない出来事も、つい仕事と関連付けて受け止めてしまう。

それでも、鏡に映った人物がまったく自分の知らない顔だったら、
きっと腰を抜かす勢いで、この場から走り去っていただろう。

じゃあなぜ?

・・・答えは簡単。

  
  鏡の中にいるのが、“光一”だから…



そんな剛と同様に、鏡の中の光一もひどく驚いきならも切なげに瞳を逸らすから。

どうして“光一”が“鏡の中に存在するのか?”よりも、
どうして“光一“が自分をみて視線を逸らすのか?”が気になって。

 

 

 「なぁ、光一、どうしてん?」

 

 

思わずそう、鏡の中の彼へと問いかけていた。

 
 「なんで、目をそらすん?」


応えない鏡の中の光一。

それでも剛は―


 「こっちみて。俺をみて、光一・・・」


優しく問いかけるその声に、とうとう俯いていた鏡の中の光一が、
剛の言葉に応えるかのようにそっと顔をあげ、しっかりと目を合わせる。
そして、言葉を発することのなかった口元が、
たしかに、「つ・よ・し」と形どり、ゆっくりとその手を差し出したのだ。

それを見て、剛自身もなんの迷いもなく己の手を差し伸べる。

光一が呼んでいる。
ただそう思ったから。


     

  傍にいく・・・



そうして、躊躇なく伸ばした掌で鏡へと触れた、その瞬間!!

 

 

 パァ―――ン‼!!!!

 

 


まばゆい程の閃光が一瞬にして鏡から放たれたのだ!

その光はどんどんと膨らみ周囲全体を覆い尽くすと、

徐々にその勢いは弱まっていく。

やがて・・・

ゆっくりと光が消えたその場所には、
いつもの変わりない風景とその鏡だけを残して―


  剛だけが 跡形もなく


    この世界から 忽然と


   消え失せてしまったのだった・・・


 

 

 

 

 



 

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