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―つよし・・・どこにいる?―
 
 
 
 
 
 
俺を呼ぶ声がする。
 
誰や?
 
思い出せへん・・・
 
 
でも どこか悲しげでそして懷かしい

 

 

その声の主を
 
たぶん俺は知っている
 
 
 
        
だから―
 
           
 

できることなら すぐにでも伝えたい。
 
 
 
             
 
 
  
             
 俺は― ここにいる・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

missing you

-3-

 




 


 
 
 
 
 
『つよし? 剛!!』
 
「・・・・・」
 
『聞こえるか?つよしっ!!』
 
 
必死の呼びかけにそれまで硬く閉じていた両目蓋がピクリと反応を示す。
 
『剛っ!!』
 
それに気づいて、一層力強く呼びかけると、

その声に応えるかのように、大きな瞳が見開かれた。

と同時に、眩しい光と様々な雑音が覚醒と共に一気に剛の脳内へと流れ込む。
 
 
「……?」
『つよし…気がついたか?』
「・・・・・光一?」
 
目覚めて、まっ先にその目に飛び込んできたのは、見慣れたはずの相方の顔。

だが、ひどく心配そうに自分を伺うその表情に一瞬ドキリとする。

 

方や光一は。
 
『よかった・・・』
 
未だ状況が飲み込めないのかポカンと光一を見上げる剛を見つめながらも、
とりあえず、目を覚まし声を聞けたことに安堵すると、

すぐ隣にいたスタッフへと首を傾けた。
 
『悪いけど、マネ呼んできてくれる?剛が気がついたって。』
 
言われて頷いたスタッフが去っていく様子を、ボーと意味なく見つめていた剛だったが、
この時になって、自分の周りにいるのが光一だけでなかったことに気が付く。
 そして、自分が何人もの見知った人間に囲まれ、
しかも、その中心で大の字で寝ている有り様に吃驚して、思わず飛び起きる。


「な、なんや? 何が起こったん!?」
『何が起こった?って俺らが聞きたいわ…』
 
そんな剛の今更な驚きように、いっそ溜息をつきがらも、
どうやら心配する必要はなさそうな普段と変わらぬ言動に、光一はそっと胸をなで下し、
周りに集まっていたスタッフも同様に、みんなそれぞれの持ち場へと散らばっていく。

 

「なんかわからへんけど、心配かけさせたみたいで悪かったな。」

『いや、まぁでも、よかった』

「・・・光一?」

『うん?』

「あれ?―なんで」
 
そこへ、聞きつけて飛んできたマネージャの―の岸が
慌てて楽屋に駆け込んできた。


 
「剛っ! 大丈夫なのか!?」
「あ、岸さん。なんかようわからんけど、大丈夫やで」
「よかった・・・何度呼んでも起きないから、ほんとに心配したよ。」
『ほんまやで。岸さん、焦って救急車呼ぼうとするし』
「救急車ぁ!?」
「どんなに揺り起こしても、ピクリとも動かないからさ。ほんとに大丈夫なのか?」
「うん、別になんともないで」
「そっか。じゃ~この後の仕事には影響ないね?
 だったら、焦って電話した仕事先にもう一度連絡してくるよ。」
 
そう言って、岸も慌ただしく楽屋を出て行ってしまった。
 
ほんとなら光一も、この後に長年続けている舞台の稽古があり、
収録を終えたらすぐに劇場へと移動するはずだったが
なぜか表情を硬くしてじっと何かを考え込んでいる剛が気になって、
この場に一人残していくことがどうしてもできずにいた。


 
『なんか、気になる事でもあるんか?』
「ん・・・」
『なんや?あるならいうてみ』
「あのさ、ここ堂本兄弟の楽屋、やんな?』
『・・・今さら何ゆうてんねん。さっき収録撮り終えたところやん』
「でも今日って、ラジオ収録の日ちゃうかった?」
『え?』
 
突然、意味不明なことを言い出した剛に、思わず顔をしかめる光一。
 
「俺、そう聞いてたはずやねんけど・・・ってか、撮り終えた!?」
『剛、ほんま大丈夫か?
 お前一足先に、スタジオから楽屋に戻っていったやろ?
 で、俺が来た時には、もうしっかり着替えとって横になっとった。』
「・・・そんで?」
『俺が着替えてたら岸さんが、次の仕事へ移動するからってお前起こしにやってきたけど、
 何度呼びかけても揺さぶっても全く起きる素ぶりのないお前にびっくりして、
 救急車やなんやって騒ぎだすから、ほんまビビったで』
「・・・全く覚えてない・・・ってか収録さえもやった記憶がないわ」
『それってー記憶喪失?』
「・・・・・」
『・・・・・』
 
二人、無言のまま顔を見合せたが、
 
『お前、ちょ、やっぱ病院行った方がいいんちゃうか!?
 岸さんきたら、今すぐ行ってこいっ!』
 
そう言って立ち上がりかけた光一の手を、剛は咄嗟にひっつかんで自分の元へと引き寄せると、
周りには誰もいないというのに聞かれては困るというように顔を近づけると、
剛はそっと呟いたのだ。
 
 
「ちょ~待って!」
『なんでやっ』
「なんかもうあたまん中がごっちゃになってて自分でも何がなんだか」
『じゃあわかった。整理してみよか』
「うん」
『今、剛が覚えてるのは何処までや?』
「覚えてる・・・」
 
光一にそう言われて、自分の記憶を探りはじめると
朝起きてからの行動が、徐々に鮮明に思い出されていく。
 
「最初の仕事は確か、都内の公園で雑誌撮影してはず―」
 
その言葉に、さらに困惑の表情を見せた光一は、
 
『今日は、朝からずっと堂本兄弟の収録やったで。
 お前も時間どおりに楽屋入りして、今の今まで予定の2本を一緒に撮り終えた。
 朝からお前とはずっと一緒やったで?」
 
剛を気遣うようにゆっくりと言い聞かせる。

しかし。
 
「いや、だって天候がコロコロ変わって―

 でも、やっと晴れ間が見えたからって急遽公園に移動して・・・」
『夢ちゃうか?』
「夢?」
『疲れたまって、夢の中でも仕事してたんちゃうか?』
「・・・・・」
 
そう言われると、そんな気がしないでもなく、剛は言葉に詰まる。
 
『何が原因で今日の記憶がなくなってるのか。
 今だけのことで、ふとしたらまたすぐ思い出すのかもしれんけど・・・
 気になるようなら、ほんま一度病院行った方がええと思うぞ。

 そんで、休めるときにはゆっくり休み。』
 


思った以上に深刻に話し合う二人の元に、
ようやっと、互いのマネージャーが姿を現した。
光一は、岸を見るなり一度ちらりと剛に視線を送りつつ、注意を促した。
 
『岸さん。剛、まだ本調子じゃないみたいだから、暫くは気にしてやってあげてな。』
「あぁ、わかったよ、光一」
『お前もやぞ。我慢せんとなんかあったらすぐに岸さんなりにちゃんと伝えろよ』
「うん」
 
二人の間でどんな会話がされていたのか、全くわからないながらも、
突然、子供を心配する親のように剛へと言い聞かせる光一に少々驚きながらも
やはりどこか元気のない彼の姿に、岸も妙に納得する。
 
「そろそろ行こうか、光一くん」
『そうやな』
 
それまでずっと剛に寄り添っていた光一だったが、これ以上付き合ってる時間もなく、
“よっこらしょ”と呟きながら腰をあげてマネージャーの傍へとゆっくり歩みよる。

 

そんな光一の姿に、剛はふと、後ろ髪惹かれ

何故か呼び止めたい衝動に駆られるがー
 
 
『じゃあ、俺行くわ。ほんま無理するなよ』
「うん。ありがとうな」
 
しかし、引きとめることもできずに、そのまま見送る形になってしまった。
そして最後まで心配そうに剛を気にかけていた光一だったが、
まさに扉をあけて出ていこうとした瞬間に今一度剛へと振り返ると、
 
 
『つよし―』
 
「ん?」
 
『・・・なんもない。じゃぁなっ』
 
 
何かを言いかけたものの結局言葉にすることなく、今度こそ本当に行ってしまった。
 
 
「なんやねん、あいつ」
 

 

光一の、少し不安気に揺れた表情と共にその時、彼に感じた想いに困惑しながらも
剛自身も次の仕事への移動へと急かされ、

その引っかかりについてもゆっくり考える間も与えられずに、
慌ただしく時間だけが過ぎていったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
マネージャーに送られて家路についたのは夜の11時も回った頃、
今日も何かとバタバタした一日ではあったが、
我が家に辿りついてやっと一息つけた剛である。
 
青く光るリビングに置かれた水槽のライトが、
水中にいるかのような空間を醸し出す・・・
 
剛は、暫く部屋の明かりもつけずに、その大好きな魚たちを眺めることで精神の安らぎを得る。
 
 
それにしても―
今日はホントに奇妙な一日だった・・・
 
未だに、半日分の記憶はすっぽりと抜け落ちたままである。
岸には仕事の移動中にも、細かな状況を説明してもらい、
深い眠りからなかなか目覚めなかった以外には、
普段通りに行動してた剛をみて、気になる点などなかったと聞かされても、
こうも見事に自分自身に記憶がないと、どうにも不安は拭い去れない。
 
しかし、光一同様、
「疲れているんだよ。今日帰ってすぐに休んだら、明日には思い出すかもしれないよ」

と言われれば、そうかもしれないと素直に思うし、
あまりに騒ぎ立てたところで、周りに心配かけてはいけないと思い、
それ以上に言葉にすることもなかった剛ではあったが―
 


 
 
   本当に 疲れているだけなのだろうか・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Purururururu・・・
 
 
水槽のモーター音だけが静かに振動する室内に、突然、携帯の着信音が鳴り響く。
 
剛は、無造作にカバンへと放りこんだままだった携帯を取り出すと、
着信画面に視線を落とした。
 
 
 
 
  ― 23:16  岸 ―
 
 
 
 
先ほど別れたばかりのマネージャーからのようだ。
 
 
  なんやねん、伝え忘れか、なんかか?
 
 
首をかしげつつも、とりあえず通話ボタンを押す。
 
 
 
 
「はい」
 
「剛か?」
 
「うん、なに?」
 
「すぐに迎えにいくから、悪いけど今すぐ下まで降りてきてくれるか?」
 
「なんやの。何があったん。」
 
「・・・光一が」
 
「光一?光一がどうしてん!!」
 
「―――――」
 
 
 




・・・なんて?
 
 
今、なんて言った?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日という一日は、まだ始まったばかりだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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